紅海月(べにくらげ)

十三岡繁

第1話 新聞部

「紅(くれない)さんちょっといいかな?」


 僕はノートパソコンで次回発行分の編集作業をしていた。ここ東南学院高校新聞部には僕以外の部員は長机の向こうの方で、同じくノートパソコンを開いている紅美月さんしかいない。


「なーに菅野ッチ、私難しいこと聞かれても分かんないよ。パソコンだって文章書くのがやっとなんだから」


「いや、野球部のレギュラー紹介記事なんだけどさ、集合写真はこれとこれとどっちがいいかなと思って」


 そう言って僕は画像を二枚横に並べたパソコンの画面を紅さんに見せる。


「こんなの高橋君の写りがいいこっちに決まってるじゃん」


 高橋君というのは僕らと同じ二年生のピッチャーで四番の高橋だ。神は何物も与えていて、更に高橋は長身でイケメンだ。当然女子人気も高い。


「紅さんも高橋ファンなんだ」


「イケメンが嫌いな女子高生なんているわけないじゃん!」


 そういって紅さんは大笑いする。そんなに笑える程面白い所があったとは思えない。


 彼女は風紀委員会に怒られないギリギリの線で制服を着崩して、頭髪が自由な我が校では許されているとはいえ、かなり明るい色に染めていた。それなりの進学校ではあるので髪を染めている女子は珍しい。外見的には若干浮いた存在だと思う。なぜこんな感じの人が新聞部という地味な部活を選んだのかは不思議な話である。


 そう自分の中で思っただけのはずなのに、気が付いたら口に出していた。


「ところで紅さんはなんで新聞部なんかに入ったの? あんまり似合ってはいない感じだと思うけど……」


「え? 何? 私が馬鹿っぽいとでもいいたいわけ? そりゃ成績もそんなに良くないし総理大臣の名前も下までは知らないけどさ、アメリカの大統領の名前ぐらいなら分かるんだからね」


 知ってた方がいいと思うなら、総理大臣の名前もフルネームで覚えたらいいのにと思う。比較するなら大統領の名前の方は上も下も言えるのかなと、突っ込みたかったがやめておいた。


「いや、別に馬鹿だなんて思ってないけどさ、ウチは部活は義務じゃないし、みんな放課後はカラオケに行ったりして遊んでるじゃん」


 紅さんは何を聞いても答えたくない事には答えない。この質問にも答えずに逆に僕に聞いてきた。


「うーん……そういう菅野ッチこそどうして新聞部にいるのさ?」


「なんかさ、今の若者って社会の事に全然関心が無くて他人事じゃん。それって報道の仕方が悪いと思うんだよね。俺、将来記者になってそこを何とかしたいんだよ」


「出た~菅野ッチのくそ真面目発言! 自分だって若者のくせして……大体他人の事なんてどうだっていいじゃんか」


 気が付いたらそう言いながら紅さんはスマホで僕の事を撮影していた。


「紅さん、うちの学校はスマホの持ち込み禁止だよ。ここは部室なんだからバレたら部長の僕が怒られるじゃないか……いや、まぁそれもそうなんだけど、勝手に人を動画撮影しないでよ」


「別にいいじゃん減るもんじゃなし。大体今時パソコンをWIFIに接続できないとか信じられないよ。スマホが無かったら記事を書く時の調べ物がググれないじゃんか。人の事より部長なら顧問に言って、新聞部くらいネットに接続できるようにして下さいな」


 彼女は悪びれる事も無く、むしろ僕が悪者であるかの様な言い草だ。


「いや、だからね。スマホが持ち込み禁止なのも他人事じゃないって事なんだよ。結局無関心は自分に返って来る。スマホを高校生が所持しちゃいけないなんて法律はどこにもないじゃないか。なのになんで校則で禁止されているのか納得いかなくないかい? いや、だから撮影はしないでって……」


「熱く語る若者とか絶滅危惧種じゃん。これは是非とも記録に残しておかないとね」


 そう言って紅さんはニヤニヤしている。いくら言っても彼女は撮影をやめる気は無いようだ。しかしながら僕も調子に乗ってきてしまって話を続ける。 


「絶対ネットとかにはあげないでよ! 他にも……例えばバイクの免許ってうちの学校は取得が禁止されてるけど、日本の法律だと十六歳からとれるよね。おかしいじゃん。学校が教育の場だって言うなら、禁止するんじゃなくて安全に運転するように指導するのが本当の教育なんじゃないの?」


「菅野ッチってバイク乗りたかったんだ?」


「いや、全然興味ないよ。例えばの話さ。紅さんだって校則で禁止されてなかったらアクセサリーとか付けたいでしょ?」


「え!? つけてるよ」


 そう言って彼女はやっとスマホでの撮影をやめたかと思えば、シャツの胸元を少し開けて僕に見せてきた。そこには小ぶりなネックレスがあった。急にそんな事をされて僕は戸惑いを隠せない。ごまかすようにこう言った。


「それも校則違反だよ!」


「別に誰に迷惑かけるわけじゃ無いんだからいいじゃんよ」


 彼女は少しふくれっ面をして見せた。


「だから決まりの方がおかしいって事もあると思うんだよ。そう言う時は決まりの方を変えて行かないと駄目だと思うんだよね。最初っから諦めていたら何も変わらない。そうだな……例えばこの校内新聞も相変わらず紙で発行しているけどさ、ネットで公開して見てもらえれば資源の無駄が無いじゃんか。好きな時に好きな人が見られるし……今は紙の新聞なんて高校生は誰も読んでないよね。でもネットニュースは見てる。校則でスマホの持ち込みが禁止されているから、今のままでは実現できないんだろうけどさ……」


「色々面倒くさいな~。菅野ッチはジャーナリストじゃなくて政治家の方が向いてるんじゃないの?」


 そういって紅さんはまた大笑いをした。どこに彼女の笑いのツボがあるのだろうか? 僕にはさっぱり分からない。


「もうそういうのいいからさ、今からお茶にしようよ。ほら、いいもの手に入れたんだよ」


 そう言って紅さんは個別に梱包されたどらやきを二つテーブルの上に置いた。


「それってこの間話してたよしやのどら焼き!? 遂に福岡でも売り出したの?」


 僕が反応すると紅さんは狙った魚を釣り上げたかのように得意気に

「フッフッフッ、今だこいつは東京以外では入手不可能だよ。現役女子高生のツテを舐めてはいけない」

 と言った。そうして冷蔵庫からペットボトルに入ったウーロン茶を取り出し、あまり綺麗とは言えない湯呑に二つ注いでくれた。


 そう、なぜか彼女はどこかにレアなものを入手するルートを持っているようだ。この前も糖度十五度のミニトマトを持ってきた。あれは相当甘かった。人生で食べたミニトマトの中でも一番甘かったかもしれない。お弁当を持ってくる人もいるので、学内への飲食物の持ち込みは禁止されていない。


「いやー学校でスイーツ食べて、冷えたお茶飲むとか極楽ですな」


 そうして彼女は見た目には似合わず、時たまおばさんのような物言いをする。

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