20話 コキア初めての笑顔
♦︎闘いの最中。
コキア「このまま突っ込んでいけば勝てる」
吹き荒れる風。
地面には無数の矢が突き立ち、折れた木々が転がる。
そして、
コキアの身体にも、すでに数えきれないほどの矢が突き刺さっていた。
肩。脇腹。太腿。
血が滴り、水色の民族衣装は赤黒く染まっている。
だが、コキアは表情ひとつ変えない。
痛みも、恐怖も、
かつての彼には存在しなかった。
コキアは、ただ「勝つための最短距離」だけを計算し、
敵の懐へ踏み込もうとしたその時。
ふと、脳裏に声が蘇った。
出会ったばかりの頃。
♦︎
シェル「いやー危なかった〜! あのまま突っ込んでたら死んでたぞ。これからは死なないように闘ってくれよな!」
屈託のない声。
まるで、死を冗談のように遠ざけるその言葉。
コキア「僕が死んだら、代わりを探せばいいでしょう」
淡々とした返答。
命の重さを、まだ知らなかった頃の自分。
メリサ「コキアく・・・隊長?」
怒鳴りかけたメリサの肩に、
シェルはそっと手を置いて制した。
シェル「分からないモンを理解しろってのは、無理あるよな」
少し困ったように笑う。
シェル「まー俺はさ、
“命は大事にしろ”だとか"粗末にすんな”だとか、
そんな立派なこと言うつもりはねぇよ」
一拍、間を置いて。
シェル「ただな、
お前に死んでほしくないっていう俺の我儘だ」
コキア「わがまま?」
その言葉の意味を、
あの時の自分は、まだ理解できなかった。
シェル「ああ、だから俺の為に生き抜いてくれ」
コキア「分かりました」
シェル「ありがとな」
コキア(何で隊長がありがとうって言うんだろう。
どうしてあなたは、僕に死ぬなって言うの?
どうして、僕に生きてほしいと願うの?)
現実へ引き戻すようにシェルの声が、記憶と重なった。
シェル
「コキア、死ぬなよ」
♦︎
コキア「はっ・・・」
現実に引き戻された瞬間、
敵の斬撃が、頬のすぐ横をかすめる。
タンッ!!
地を蹴り、咄嗟に後方へ跳ぶ。
コキア「はー・・・やれやれ、感情とは厄介な代物ですねぇ」
心臓が、うるさいほどに脈打っている。
初めて感じる死への恐怖。生きたいという本能。
コキア(でも、不思議だ。
感情がなかった頃より腕が、脚が、軽い。
これなら、死なずに勝てる・・・。)
「何をごちゃごちゃと抜かしてやがる!」
怒声と共に、無数の矢が一斉に放たれる。
コキアは、
静かに刀を鞘へ納めた。
目を閉じて深く息を吸う。
空気の流れ。
敵の殺気。
飛来する矢の軌道。
全てが手に取るように分かった。
「はっ、観念したか・・・!?」
次の瞬間。
ダンッ!!
爆発するような踏み込み。
「な!?」
コキアの刀閃が走り、
無数の矢が、同時に宙で断ち切られる。
そして一瞬で敵の懐へ。
「ぐあっ!! ば、ばかな・・・」
ドサッ・・・!!
敵は、血を噴きながら崩れ落ちた。
コキアは、静かに刀を振り、血を払う。
カチリ、と音を立て、鞘へと納めた。
♦︎
遅れて仲間たちが駆けつける。
シェル「コキアー!!」
フローナ「コキアくーん!!」
メリサ「大丈夫かい!? その怪我!!」
レン「これは、かなり深いですね・・・」
メリサ「すぐに手当てするよ!」
シェル「コキア、遅くなって悪かった」
コキア「いえ、なんとか勝てましたから」
シェル「そうか・・・ん?」
コキア「どうかしましたか?」
シェル「コキア、前より強くなったか?」
コキア「自分でもよく分からないんですが・・・
腕力や脚力が上がったような気がします」
シェル「何かきっかけがあったのか?」
コキア「さぁ・・・あの」
シェル「ん? どした?」
コキア
「ただ・・・いま・・・」
消え入りそうな小さな声。
その言葉を、
シェルはたちは聞き逃さない。
シェル「(ニカッ)お帰り!!」
フローナ「お帰り、コキア君!」
レン「お帰りなさい」
メリサ「お帰り!」
その言葉が、
胸の奥に、じんわりと染み込んだ。
風がそっとコキアの銀髪を撫でる。
コキア「えへっ・・・」
ごく、僅かな
けれど確かな、笑み。
メリサ「あ!コキア君、今笑ったよね!?
初めて見たよ! 可愛いじゃないか!」
フローナ「ふふ、本当。可愛い」
コキア「(スンッ)」
照れ隠しのように、すぐ真顔に戻る。
シェル「あら?? 元に戻っちゃった」
メリサ「さ、とっとと治療しに行くよ!」
コキアは、
仲間に囲まれながら、ゆっくりとキャンピングカーへと戻っていった。
♦︎
その日の夜。
僕は、夢を見た。
遠く懐かしい君の夢を・・・。
スラ「俺、ももちゃんの笑った顔が見たい!!」
君はそう言って、四六時中、僕を笑わせようとしていた。
転んでは笑い、失敗しては笑い、どんな時でも君は笑っていた。
僕は一度も笑わなかったのに。
スラ。
今日、僕は生まれて初めて笑ったんだ。
皆んな喜んでくれていた。
君にも見せたかったよ。スラ・・・。
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