生まれ来る子供たちのために何を語ろう
@kitamitio
第1話
私たちは皆、時の流れという名の河岸に立ち、静かに遠い岸辺を見つめています。やがてその岸辺には、「生まれ来る子供たち」という名のまだ見ぬ光たちが新たに辿り着いて来るでしょう。
さて、その時、「私たちは彼らに何を手渡せるのか」
この問いは、未来への単なる義務ではなく、今を生きる私たちの存在そのものの意味を問う、内なる囁きです。
オフコースの小田和正が歌う「生まれ来る子供たちのために」の歌詞はいつまでも心の中でささやき続けます。私たちが日々の喧騒の中で、見失ってはならない、あの純粋な「愛」の形は、どこに隠されているのでしょうか。このエッセイは、その「形」を探すための、ささやかな精神の旅です。
愛すべき隣人の笑顔、遠い記憶の残像、手のひらに残る過去の痕跡。そのすべてをたどりながら、私たちは、混沌とした世界の中で「真に信じるに値するもの」を、静かに選び取っていきます。
この連載が、未来へと続く道を照らす一筋の思索の光となり、自分の心の中で、最も大切な「遺産」とは何かを静かに見つめ直す時間となりうるように。
<七十年の沈黙>
半世紀も前、私がまだ「若者」と呼ばれていたころには、自分が「老人」として生きる姿など想像すらできなかった。それは、遠い遠いはるか先の、現実のものとも思えない事柄でした。
それから、いつのまにやら五十年という時間が流れ去って行きました。
古希を迎える朝、私は窓辺に立ち、昇りゆく光の静けさの中で、ふと途方に暮れてしまいます。七十年という歳月は、一人の人間が世界と格闘し、学び、時に敗れ去るには十分な時間です。しかし、この重い時間をもってしても、私は「確固たる答え」を一つも手にしていないことに気づくのです。
私たちの世代は、科学の進歩を謳歌し、経済的な豊かさを追求してきました。それは、求める答えとは違った世界にあるのに、まるで、それを手に入れさえすれば幸福が完成するかのように信じていたのです。しかし、今、振り返れば、その道中で、私たちは最も大切な、根源的な問いを置き去りにしてきてしまったのかもしれません。
そして、その置き去りにされた問いの全てが、今、「生まれ来る子供たちのために何を語ろう」という一文となって、私に突きつけられているのです。彼らの眼差しは、未来からの審判です。私たちが残した便利なガラクタなどではなく、私たちがどう生き、何を信じようとしたのかという、魂の軌跡を静かに見つめています。
1.答えではなく、問いの重みを
私は、この連載で、偉大な教訓や、成功への秘訣を語るつもりはありません。七十年間、泥臭く生きてきてわかったのは、人生に「秘訣」などなく、あるのはただ、解き放たれることのない、普遍的な問いだけだということです。
「本当に人を愛するとは、どういうことか?」
「孤独とどう向き合い、生の意味を見出せるのか?」
「『正しさ』が常に移ろう世の中で、何に依って立てばいいのだろうか?」
これらの問いは、若き日に抱いたそれと、何一つ変わってはいません。変わったのは、問いの表面的な形ではなく、その重さです。人生の重荷を背負い、迷いながらも歩き続けた者だけが知る、問いの深みと厳しさ。それこそが、私が次世代へ手渡せる、唯一の正直な「遺産」ではないかと考えるようになりました。
私の世代が犯した数々の過ちも、彼らにとっては、この問いの重さを知るための貴重な手がかりとなるでしょう。私はこれから、過去の記憶の暗闇の中へと入り、喜びも、挫折も、偽りなくさらけ出すことで、一つの人生が、いかにこの普遍的な問いに翻弄されてきたかを記録しようと思います。
2.連載の始まりに寄せて
このエッセイは、書き手である私自身にとって、人生の最終章で行う自己清算の儀式かもしれません。私は、未来の子供たちに教えるのではなく、共にこの時代の、そして人間の永遠のテーマについて思索する仲間として、筆を進めたいと思っています。
答えが見つからないからこそ、私たちは共に探すことができます。
この連載が、まだ見ぬ彼らが、いつかこの文章を手に取ったとき、「ああ、彼らもまた、私たちと同じように迷い、それでも愛と真実を探し続けたのだ」と、世代を超えた連帯を感じる一助となることを、心から願って……。
筆を執ることにします。
2025/12/07
生まれ来る子供たちのために何を語ろう @kitamitio
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