絶対零度の暴君が、ボクをペットにして溺愛する理由《わけ》
カラユミ
第1話 賞品&絶対零度
両手首を固定する手枷が冷たくてずっしりと重い。
冷たい目を向ける看守に地下牢から連れ出され、松明が等間隔に並べられた暗い階段を上ってゆくと、錆びついた重厚な扉にたどり着いた。
看守がその扉を開いた瞬間、強烈な光とともに、耳が壊れそうになるほどの歓声が響く。
体の芯にまで響く歓声が、弱っている体に追い打ちをかける。
「さあ、本日のメインイベントの商品、竜属の加護という世にも珍しい加護を手にしながら、討伐隊に同行すれば全滅させ、自分だけ生き残るという役立たず。”疫病神”と蔑まれ、十一歳という若さでとうとう両親からも見捨てられてしまった少年、レン・フィオレルの登場だぁあああ!」
眼下には、これ以上ない人で埋め尽くされた闘技場が広がり、久しぶりに肌に感じる風からは、ほんの少しだけ鉄のような血なまぐさい匂いを感じる。
そんな中、大勢の観客がボクに好奇の目を向けてくる。
好意的なものなど一切ない、悪意に染まった目だ。
思わず左手の甲の竜属の加護に目をやった。
丸い円の中には、竜の鱗そっくりの模様が並び、よくわからない文字が円を囲むように浮かび上がっている。
見た目から、竜の加護なんて呼ばれてるけど、実際は何の加護かなんて誰にもわかっちゃいない。
この竜属の加護のせいで、今まで冷たい言葉を浴び続け、散々な目に遭ってきた。
加護の力を確認するため、国から派遣された多くの人たちがボクのせいで竜属相手に命を失い、遺族からは人殺しやお前が死ぬべきだったと言われ続ける日々は気が変になりそうだった。
それに比べれば、こんな視線くらいどうってことない。
そんな誰にも望まれていないボクを商品にして、誰が戦うっていうんだ……。
「この商品を賭けて戦うのは、狙った獲物は逃さない。孤高にして、絶対零度の暴君。予選を無傷で勝ち上がってきた彼女こそ、最強の
再び大歓声に包まれた闘技場。
その中央に姿を現した女性に目を奪われる。
風になびく銀髪、しなやかな肢体、バウンティハンターと紹介されていたけど、全然そんな風には見えない。
彼女はボクに視線を向けて、微かに微笑んだように見えた。
その目は、彼女だけがボクを人として見ているかのように。
「そして、その最強のバウンティハンターとともに勝ち上がってきたのがこの男! 身の丈二メートルを超える巨躯、振るうは戦場を渡り歩いた鉄塊の大剣。百戦錬磨の傭兵にして、貴族の護衛団長にも召し抱えられた経験を持つ猛者! その名も、グロス・バルガン!」
大男はいかにも凶暴そうな風貌で、彼女とは違ってボクを気にする様子すらない。
その目は人を人として扱わないとでも言っているようで怖い。
「バルガンぜってえ負けんなよッ! お前に全財産賭けてんだからな!」
「女になんて負けるんじゃねえぞ! ヤッちまえ!」
聞こえてくる歓声は、野蛮で聞くに堪えないものばかりだ。
この勝者のどちらかに、商品として渡されるのだとしたら、この男だけには死んでも勝ってほしくない。
考えるまでもなく、悲惨な最期を迎えるのは目に見えている。
かといって勝者が彼女になったとしても、ボクはただの奴隷として扱われるのだろう。
それでも、今だけは淡い希望くらいは抱いていたい。
「グガハハハハッ! バウンティハンターか何か知らんが、このバルガン様に勝てると思うなよ。あの小僧は俺の竜属狩りの盾にしてやるんだからな。竜属を前にしても生き残れるのなら、これ以上ない有効な使い方だと思わないか?」
あの男はボクの疫病神という側面を、戦場で逆に利用するつもりらしい。
ボクだって好き好んで生き残ったわけじゃないのに。
そんなにこの加護が欲しいのなら譲りたいくらいだ。
今はただ、憎くて仕方がない加護を睨みつけるしかない自分が情けない。
「彼は私の
「ペットだと? くだらん趣味だな。どちらが有効的な使い方か思い知らせてくれるわ」
一瞬にして目の前が暗くなる錯覚を覚えた。
ペットか……奴隷よりはマシなんだろうか。
どちらにしても、ボクにはもう人としての尊厳は与えられないことが決定した瞬間だ。
両親から疎まれ、奴隷の身に堕ちても、ボクを人として扱ってくれる人が現れるかもしれない未来、奇跡にすがっていたかった。
それが途絶えた今、ボクの思考は鈍り、何も考えたくなくなってしまっている。
もうすぐやってくるのは、何の希望もない闇、絶望だけなんだから。
「はぁ……」
ボクは何を期待していたんだろう……。
もうこの試合がどうなろうと知ったこっちゃない。
どちらが勝とうと、ボクにはもう明るい未来なんてないんだから。
今は目を伏せ、心を殺していればいい。
「それでは——はじめぇえええええッ!」
試合開始の合図で、一旦落ち着きを取り戻していた観客が再び熱狂しだす。
それもただの雑音にしか聞こえない。
いや、もう言葉を認識したくなくて体が拒絶しているのかもしれない。
耳を塞ごうとしても、手枷がそれをさせてくれなかった。
「早く終われよ……」
口から出た言葉は、試合に向けたものじゃなく、自分の人生に向けたものだったのかもしれない。
時折金属が弾く音と一緒に観客の熱気が押し寄せ、一気に全身の毛穴を拡げる。
観客にとって快感かもしれないこの熱気は、ボクにとっては不快そのもの。
命が削られていくようなこの時間は、奴隷になった者にしか理解できないと思う。
「あの猛獣グロス・バルガンを全く寄せ付けない、完膚なきまでに叩きのめす力量差! これが絶対零度の暴君の力なのかぁあああああああ!」
どうやら彼女が押しているらしい。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がする。
やっぱりあの男に利用されるより、まだペットのほうがマシだということか。
心の中で安堵しているとさっきまでの歓声が止み、一瞬の静寂のあと空気が裂けんばかりの大歓声が響き渡った。
「勝者、ルゥシェリア・ルディアぁあああーーッ!」
恐る恐る目を開けた時には、全てが終わっていた。
アリーナにはピクリとも動かない血まみれの大男。
その傍らには、登場した時と変わらない涼しい顔をした彼女が立っていた。
彼女は右手に持った剣を、息が止まってしまいそうなほど綺麗な所作で鞘に収め、ゆっくりこちらに顔を向ける。
目が合った瞬間、さっきまで戦っていたとは思えないほど柔和な笑顔になった。
「レン・フィオレル、今日からあなたは私のペットよ」
それは枯れ果てたボクの心を潤すには十分なほど優しい声で、勘違いしてしまうほど魅力的だった。
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