『ナギサ』 ~俺の漫画のヒロインが、 |現実《ココ》にやってきた。彼女は世界の終わりを知っている~
米座
第1話:『創造した少女と、喪失した少女と』
『ナギサ』 ~俺の漫画のヒロインが、
第1話:『創造した少女と、喪失した少女と』
「アイザワ…トオル?…そう、あなたが…」
とある秋の夕暮れ。
俺はその少女と出会った。
鮮やかな緑色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。
少女は間違いなく、
俺が空想の中で描いた「漫画のヒロイン」そのものだった……。
その男はまるで悪魔だった。
異形の手から伸びる爪先は、
まるで空を切るかのように壁を裂き、
嵐のごとく暴れ狂う。
その"悪魔"に対峙しているのは、
緑色の髪が印象的な少女であった。
「流石ですね、ナギサ。あれだけの攻撃を受けて、全くの無傷だとは」
そう語りかけた悪魔の表情は、
愉悦で満たされていた。
しかし、緑髪の少女———ナギサは応えない。
「ですが気を付けた方がいい。次はその程度では済まないでしょう。そうなれば貴女は本来の力を見せるまでもなく、その命を終えることになる。まあ、もっとも……そんな隙を与えるつもりはないのですがね!!」
その咆哮に呼応するように、
虚空が分かたれて、対となる二つの力が生まれた。
ひとつは血肉となり、
ひとつは呪詛となって、
周囲を浸食していく。
やがて悪魔の両手に力が満ちた。
その力は火球となり、部屋は灼熱に包まれた。
「はあっ!!!」
咆哮とともに放たれた火球が、
火柱をあげて容赦なくナギサを包み込む。
骨すら焼き尽くすであろう業火の中で。
———しかし、ナギサはその涼しげな表情を崩していなかった。
やがて彼女がその華奢な手を横に払うと、
炎はあっさりと霧散した。
「ずいぶんと安く見てくれるわね、ヨア。いいわ、貴方の挑発にのってあげる」
ナギサはいつのまにか、
一本の薔薇を手にしていた。
その花弁を悪魔ヨアに向けると、神々しい光の魔力が彼女を包み———
その緑色の瞳が、鮮烈な金色へと変貌した。
「切り裂け———“リベンカ”」
その言葉と共に力が爆ぜた。
「よし、いいぞ」
握り締めていたタブレットペンを放りなげ、
椅子の背もたれに体をなげた。
俺は今、漫画を描いている。
一人の少女が強大な敵と戦う、異能力バトルものだ。
「トオルくーん、朝ごはんできたよー!」
———ナオさんの声だ。
「おはよう、ナオさん」
「あ、トオルくん、おはよ」
この人は、親戚のナオさん。
母さんが仕事でしばらく家を空けるため、
ちょっと前から住み込みで家の世話をしてくれてる。
俺にとっては姉のような人だ。
「ご飯もうできるよ、座って座って」
「うん、ありがとう、ナオさん」
「頂きます」
今日の朝食は、
白米、みそ汁、鮭の塩焼き、卵焼き、サラダ。
実に日本人らしい、健康的な朝食だ。
ナオさんは料理上手で、特にこの卵焼きは絶品だった。
「じゃあ、漫画の方は順調なんだ。トオルくんってば、恥ずかしがって、全然読ませてくれないんだもん。あ、サラダにはどっちかける?」
ドレッシングを受け取り、サラダにかける。
「まーね。でもここのところ、ずっと描きっぱなしだったから、流石に疲れたよ」
「そうそう。ずっと引きこもりクンだったもんねー。大学の単位に余裕があるからって、ずっと家にいたら身体に良くないよ?」
「……わかった。じゃあ昼過ぎに散歩してくるよ」
「そうだよ。トオルくんがしっかりしてくれないと、カオルさんから君を任されてる、私の立場がなくなっちゃうんだから」
「そういや母さん、今回は結構長いこと家を空けてるな。いくら仕事とはいえ、一人息子を放っておいて、とんでもないよな」
「え~トオルくん、お母さんに会えなくて寂しいの?」
「からかうなよ。そんな訳ないだろ」
「ふふ、寂しかったら、私をカオルさんだと思って甘えていいからね~」
「‥‥はいはい」
重い腰をあげて玄関のドアを開くと、
ひんやりとした大気が肌にまとわりつく。
随分と肌寒い季節になってきた。
一瞬気持ちが揺れたが、
ナオさんに背中を押されて、家を出た。
「———ってなにが『ついでに卵買ってきて♡』だ。さては、最初からそれが目的だったな。ホント、あの人は昔からそーゆうところ上手だよなあ」
ぶつくさ言いながら、
歩きなれた道を淡々とすすむ。
冷たい風に当てられながら、
彩りを失っていく花草木を横目に歩いていた、
そのとき、
「———っ!」
突然嫌な予感がして、
俺は反射的に身体を反らした。
間髪入れず、
目の前をかなりの勢いで、ボールが横切っていく。
「あっぶねえ……後頭部に直撃するところだった……」
遠くから、
「すみませーーーん、大丈夫ですかーーー」
と野球少年の声が聞こえてきたので、ボールを投げ返した。
「ってなんだ、トオルじゃん」
「ああ、ショウゴか」
野球少年かと思ったら、大学の同級生だった。
「いやー、悪かったなトオル。しかし、お前相変わらず“カン”がいいな」
「たまたまだよ。気をつけろよ」
「悪い悪い。それはそうと、もう大丈夫なのか?」
その一言で、俺の気持ちに影が落ちた。
……イツキのことを言ってるんだろう。
いつも元気だった従妹の姿が脳裏をよぎる。
数ヶ月ほど前、
俺は従妹のイツキを交通事故で亡くした。
我ながら情けない話だが、それ以来俺は何に対しても、
やる気が出なくなってしまった。
「……大丈夫だよ、またな」
俺は、適当に濁して、
その場を去ることにした。
「試験のときはまたよろしくなー!お前の“カン”はよく当たるからよ!」
そういえばテスト勉強も、ぼちぼちしないとな。
ここは行きつけの喫茶店。
やっぱり、今日もガラガラだ。
注文したメロンソーダを、すっと飲み干す。
「あーシャキッとした」
さて、気を取り直したところで、漫画の続きでも考えるか。
あまりくよくよしてると、天国のイツキに怒られそうだし。
そう考えながら、
ふと、窓側に視線を向けたときだった———
「っ!?」
存在するハズのない人物が、
視界をかすめた気がした。
「あれは…まさか———“イツキ”!?」
第2話に続く。
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