月は救わない

あおいまめ

第1話


-ねえ、あれ見ろよ。あそこの子、母親が売女で父親がアル中だって噂のやつじゃん

-マジで?あはは、可哀想な子だね

-関わらない方がいいって

-昔、誰かを殴って入院させたって聞いたぞ

-本当に汚い奴だわ

-……


廊下を歩いている小さな女の子に向かって、みんなが指をさし、悪口を言い、罵倒していた。


彼女の名前は八島月夜(やしま つきよ)、今年13歳。今日は入学式、彼女が初めて中学校の門をくぐる日だ。


彼女は顔を伏せ、少しも上を見上げることができなかった。


不意に、月夜は誰か他の生徒にぶつかってしまった...。


-てめぇ、私にぶつかっておいて謝罪(あやま)りもねえのかよ!

-ごめんなさい、私はちが—


パチという音と共に、平手打ちが彼女の顔に直撃した…。ああ、もう疲れた…。彼女は謝ろうとしたのに、その生徒はずっと、彼女を殴り続けた。


彼女は冷たい廊下に体を丸めて倒れていた。制服は血まみれ。もし制服が汚れたら、お母さんに怒られてしまう。


誰も声を上げず、誰も止めに入らない。彼らはただ立ち尽くし、彼女が殴られるのを放っておいた。


彼女の意識は次第に朦朧(もうろう)とし、目の前の景色は暗転した。誰かが「先生が来たぞ」と言うのを聞いたのを最後に、彼女は気を失い、何も分からなくなった...。


再び目を覚ますと、彼女は真っ白な部屋に横たわっていた。体中が痛む。着ている制服はさっきのとは違うものになっていた。誰かが着替えさせてくれたようだ。傷の手当てもされ、包帯が丁寧に巻かれていた。


小さな部屋に、女性の優しい声が響いた。「—目を覚ましたのね、まだしんどくない?」…「大丈夫です…ここ、どこですか?」。「ここは学校の保健室よ」。彼女が何を言おうとしているのか察したように、女性は付け加えた。「ここにいるのに、お金の心配はしなくていいからね」。部屋は再び本来の静けさに包まれた。女性は彼女に、ここに残って休むか、教室に行くか尋ねた。月夜は教室に行くことを選んだ…でも、大丈夫かしら—と女性(先生)は思った。彼女もこの学校の先生で、事態を知ると、すぐに保健室に駆けつけたのだ。入学式初日から喧嘩なんて、ありえない。月夜がベッドに寝かされているのを見た時、彼女はとても驚いた。小さな生徒の体は血だらけで、全身に青あざがあり、傷がいくつも重なり、顔は真っ青。さらに熱まで出ている。先生は、どうしてこんなひどい目に遭わなければならないのかと疑問に思った。彼女は、月夜が殴られているのを発見した男性教師に尋ねたが、男性教師が見た時には、彼女はすでに意識を失っていたと言う。二人は先ほど**月夜**を殴った生徒を探したが、その生徒は白状しなかった。しかし、同じクラスの生徒が全てを話してくれた。先生は自分の目を信じられなかった。ただぶつかっただけで…?それとも、彼女の家庭環境が原因なのだろうか?


先生はさらに、彼女の左手首と首にはたくさんの横方向の切り傷があることに気づいた…。一体、彼女が何を耐え忍んできたのか、なぜこんな扱いを受けなければならないのか、先生には理解できなかった…。月夜は立ち上がって教室に行こうとしたが、先生は彼女を引き止めた。


「行かなくていいわ。ここにいなさい。今日は休んでいいことにする。私がここにいるから。まだ疲れているでしょうし…それに、新しいクラスメイトと向き合う勇気はまだないでしょう?」


「でも、先生にご迷惑をおかけするのは嫌です。教室に戻っても大丈夫です。みんなのことは…慣れているので、たぶん平気です」


その瞳を見て、先生は胸が締め付けられた…。慣れている?


みんなから指をさされ、罵倒され、軽蔑と好奇の目で見られ、いじめられ、殴られることに慣れているというのか?

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月は救わない あおいまめ @haya296

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