花火の咲く夜に、あなたを想うー王国×昭和の恋物語

花雨 宮琵

第1話 婚約発表の夜

 花火が咲く夜に、

 もう一度だけ、彼を「レオ」と呼びたかった。

 想いを、伝えたかった。

 ――大好きだよ。


 大陸の西にある古王国。

 今宵はオルリアン若公爵・レオナールの20歳の誕生祭。

 魔力による花火が夜空を彩り、未来の公爵夫人を選ぶ舞台が幕を開ける。

 けれど私は、婚約者候補でありながら王女の側仕えとして片隅に立っていた。


 レオナール――かつて田舎の領地で共に育った幼馴染。

 あの頃、暖炉の前で英雄譚を語る彼の笑顔は、孤独だった私の世界を優しく照らしてくれた。

 ――でも今は。若公爵として、王女の隣に立っている。

 手を伸ばしても届かない。そんな遠い存在になってしまった。


「魔力なしのセリーヌ」。

 陰でそう呼ばれる私が、なぜレオナールの婚約者候補に選ばれたのかはわからない。

 ただ一つ言えるのは、今夜すべてが終わるということ。

 レオナールと隣国のカサンドラ王女との婚約が、正式に発表されるからだ。

 今朝王妃様から、私にだけそう告げられた。


 公爵家が有する湖を望む宮殿のテラスでは、レオナールとカサンドラ王女の他、これまでレオナールの婚約者候補として教育を受けてきた3人の令嬢たちが並んで夜空を見上げている。

 今夜私にカサンドラ王女の側仕えを命じたのは、王妃様だった。

 彼女の母国語に通じているから、というのが表向きの理由。

 普通なら宮廷通訳が担うはずなのに。

 王妃様はきっと、私に釘を刺したかったのだと思う。

 ――お前程度の者には、これくらいの役回りが適しているのよ、と。


 あーぁ。

 こんなことなら、淑女としてのマナーも外国語もお化粧も、真面目に勉強なんてするんじゃなかったな。

 昔は、こんなじゃなかった。

 レオナールとは、「レオ」「セリ」――そう呼び合える関係だった。

 オルリアン公爵の庶子として生まれ、家臣筋の伯爵家に預けられていた彼は、田舎の領地で私と笑い合っていた。

 なのに――あの日を境にすべてが変わった。


 王都を襲った伝染病。

 爵位を継ぐはずだった男児たちが次々と儚くなり、ある日、レオは王都にある公爵家へと連れ戻された。

 三年ぶりに再会した彼は、すっかり身長が伸びていて。

 肩書は、“オルリアン若公爵”になっていた。

 あの頃の豊かな表情は、見る影もなく。

 代わりに、穏やかな仮面を貼り付けていた。


「わたくし、今夜はとっておきの花火を用意してありますの」

「まぁ! それは楽しみだわ。レオナール様は今年も素敵な華を咲かせてくださるのでしょうね」

「ええ、本当に。それで――セリーヌ様は?」

「私は……カサンドラ様の側仕えとして控えておりますので」

「そうよね。魔力がない貴女には花火は咲かせられないもの。婚約者候補なのに、側仕えだなんて……」


 耳の奥がキンと軋む。

 レオの誕生祭では、未婚の令嬢たちが魔力を込めた花火を打ち上げ、祝意を捧げるのが恒例になっている。花火の美しさは、魔力の強さと技巧に比例するからだ。魔力を持たない私にとっては、劣等感を突きつけられる場でもある。

 けれどそれも、この夜で終わる。

 湧き起こる感情は――安堵、なんかじゃなくて。

 後悔、だった。


 ――それでも、今夜は笑顔で祝福すると決めている。

 大事な幼馴染で、初恋の相手を見送るために。

 この夜が、私の運命を大きく変えることになるとは知らぬまま。


「それじゃあ、乾杯いたしましょうか」


 王女の声で我に返る。

 レオがシャンパングラスに黄金色の泡を注ぎ、王女へ手渡すと、侍従が側仕えにすぎない私へも銀の盆を差し出した。


 グラスには、さくらんぼの砂糖漬けが浮かんでいる。

 ――どうして。

 私が甘いお酒しか飲めないことを、知っててくれたの?

 それとも。

 領地にいた頃、彼が煮るチェリーのコンフィチュールを私が心待ちにしていたのを、覚えててくれた?

 レオの優しさが強がっていた心に痛みをもたらして、視界を揺らす。

 私は涙をこぼさないようにギュッとグラスを握りしめたまま、2人の後ろ姿を眺めていた。

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