第2話

鈴の音が聞こえた。


学校を出たところでその音がすると、自然と肩の力が抜けていく。

今日も来てくれてるんだな、と分かるからだ。


振り向くと、あの子が小走りで近づいてきて、俺の足元でぴたりと止まった。

胸の奥にたまっていたいろんな気持ちが、その瞬間ふっと軽くなる。


「なあ、今日さ、聞いてくれよ」


歩き出すと、あの子は俺の横に並ぶ。

その歩調は小さいくせに妙に一定で、気がつけば俺が合わせている。


「体育でさ、また持久走あってさ。俺、全然ダメで…マジでしんどかった」


あの子は返事こそしないけど、ときどき見上げてくる。

その仕草が“がんばったね”って言ってくれてるようで、

思わず笑ってしまう。


「でもそのあと、友達とコンビニ寄って肉まん食ったんだ。めっちゃうまかった!」


嬉しかったことを話すと、あの子は一歩だけ前に出て、

風に揺られながらまた振り返った。

急かしてるのか、もっと話せって言ってるのか、どっちなんだか。


通学路の角を曲がると、川沿いの道に出る。

ここを歩くとき、あの子はいつも少しだけ速度を落とす。

俺の愚痴でも、くだらない話でも、

全部ちゃんと聞いてくれてる気がした。


「そういえばさ、今日ちょっとムカつくこともあったんだよ」


あの子は俺に軽く触れ、視線を上げる。

それだけで“話していいよ”って促されてるみたいだ。


「クラスのやつにさ、ノート貸したら雑に扱われてさ。

 まあ、ちっちゃいことなんだけどさ。なんか、嫌だった」


言葉にすると、胸のざらざらした感じが少しだけ和らぐ。


あの子は黙って隣を歩き続ける。

でも、俺が沈んだ声を出すときだけ、

まるで気づいたように歩幅を合わせてくるんだ。


「ありがとな。おまえに話すと楽になるわ」


そう言うと、あの子は一度だけ俺の前に出て立ち止まった。

夕日が背中を照らして、ふわっと影が伸びる。


その姿を見ると、今日がなんだか悪くなかった気がしてくる。

不思議な存在だった。


家の近くまで来ると、あの子はくるりと向きを変えた。

まるで「また明日も話してね」と言っているみたいに。


「じゃあ、またな」


そう声をかけると、あの子は小さく駆け出していった。


帰り道の終わりの静けさに、

あの子の余韻が残っている気がした

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