恋ではなく愛

如月小雪

◎第1章

●1.別れの予感

「あーっ!!」

 机に勢いよくダイブし、顔を埋めた。

 机に頬を押し付ければ、ひんやりと冷たい。

 机までわたしに冷たいなんて、辛すぎる……!

「また浮気されたのかよ。何回目だよ。……いや、何回でもいいっての」

 わたしが指を折り始めたので、目の前に座る幼馴染で同級生のマルには、呆れた顔をされた。

「ミカはすぐに尽くすからな。重すぎなんだよ。だからどいつもこいつも気楽な女に逃げたくなる」

「マルも分かるの?」

「分かるな」

 即答されると、より落ち込む。

 分かってるんだ、自分でも。ダメだと分かった上で、同じ過ちを繰り返している。

「……それちょうだい!」

「あっ! “ちょうだい”って言ってもう取ってんじゃんかよ!」

 マルが手に持っていたコーヒーを奪い、ストローをくわえ、勢いよく吸い込む。

 飲み干してやる。悔しがれ!

 反応がないと思えば、マルの視線は机の上のスマホだ。

 さっきはスマホも一緒に机にダイブしたんだった。

 画面が上になり、メッセージアプリの彼氏とのやり取りが開示されてしまっている。気づいたときにはもう遅い。

「うっわ……何この長文? 呪いのメッセージ? 怖すぎんだろ。マジ引くわ」

 ガチで引いているのが分かって、地味に傷つく。笑い飛ばしてくれた方がマシだ。

「ちょっと勝手に見ないでよ!」

 スマホに手を伸ばし、ひっくり返す。

「見えたんだよ。オレには簡素なメッセージしか送ってこない癖に彼氏にはそれかよ。彼氏になった途端、そうなるのはマジで重い」

「……彼氏になる前からこれなの」

「え……マジ?」

 わたしは心の中での宣言通りコーヒーを飲み干して、空の容器をマルに突き返す。

「だから受け入れてくれるかと思ってたのに……うぅ……」

 辛い……。わたしのこの性格を受け入れてくれる大きな器の男はこの世にはいないのか……!

 再び机に頬をすり寄せる。机が拒否しないことをいいことに。

「ミカはさ、自分が変わろうとは思わないわけ? 自分のままを受け入れてくれる人なんていないぞ」

「……誰も?」

「オレはいるけどな」

「それって友達だからでしょ?」

「そうだな」

「じゃあ意味ないじゃん!」

「じゃあこの愚痴に付き合うのも金輪際なしだな」

「え、それは困る!」

「こんなの何回も繰り返す気かよ。もうこの手の愚痴は聞き飽きた。浮気されないように努力しろ」

典生のりおのくせに生意気だぞ」

「今名前は関係ねぇだろ!」

「典生、典生、典生、典生!」

「いい加減にしろよ、典子のりこ!」

「大きな声で名前呼ばないでよ!」

「じゃあオレの名前も呼ぶなよ!」

 ヒートアップし過ぎた。口をつぐみ、お互いに上がった息を整える。

 わたしの名前は三神みかみ典子。マルからは、名字の頭2文字を取って、ミカと呼ばれている。

 マルの名前は、丸太まるた典生。わたしも、名字の頭2文字を取って、マルと呼んでいる。

 わたしたちの名前は、古風な名前だ。よく周りからからかわれたので、お互いだけは下の名前で呼ばないように、ニックネームで呼んでいるのだ。

 マルとは昔からの腐れ縁だ。付き合いは、物心つくかつかないからになるから、かなり長い。まさか大学まで一緒になるとは思わなかったけれど。

「……マルは最近彼女とどうなの?」

 冷静になり、声のトーンを若干落として聞いた。 「……デート中にお前から電話がかかってきたから、“ミカ”って話の流れで言うしかなくて、浮気を疑われて険悪なムードだよ。あれから全く話してくれねぇ……。くそぉ……!」

 今度はマルが机に突っ伏す番だった。

「“あれから”ってあれ、もう1週間は前だよね? 笑える」

「笑うなよ!」

 わたしは一度噴き出したら笑いが止まらなくなった。叩く手も止まらない。

 辛いのはわたしだけじゃない。マルには悪いが、同じような境遇で安心させてくれて、しかも笑わせてストレス発散させてくれるなんて、持つべきものは友だ。

 しばらくして、さすがにマルの表情が雲ってきたので、手を叩くのはやめたが、笑いを完全にはこらえきれず、ぷるぷると震えた。

「それくらいで浮気疑われるってさ、日頃の行いのせいじゃない?」

「日頃の行いは良好だっての」

「所詮その程度の関係だったってことでしょ? そろそろ別れどきなんじゃない?」

「……自分が自分が上手くいってないから言ってるだろ」

「そんなんじゃないよ。現実を教えただけですぅ」

 授業の時間が近づいてきて、笑いすぎて出た涙をぬぐいながら立ち上がる。

 何も言わずに立ち上がったマルの顔は、気持ち泣きそうで、見たらまた腹を抱えて笑う自信があったので、目を逸らした。


 キャンパス内のカフェテラスで集合し、授業に向かう。これがわたしたちの日常だ。だから、特段示し合わせなくても、時間になれば教室へと向かう。

 空を見上げれば晴天だ。

 マルのおかげでよく笑った。どんよりとした気分がいくらか晴れた。


 ・・・


 授業が終わり、スマホとにらめっこをする。

 メッセージアプリを開くも、何と送るか悩む。何故なら、相手は電話も出てくれないし、メッセージも既読スルーをされているからだ。

 何と送れば、反応があるだろう。


 マルに見られたメッセージは、お気持ち表明の長文メッセージで、改めて冷静に見たら、ちょっと怖い気もする。でも、わたしが好きな人からもらったら、喜ぶなあとも思う。……“好きな人”じゃなかったら、と考えそうになって、やめた。


 わたしの彼氏の名前は、池宮いけみや朝陽あさひ

 名前からして、かっこよくない?

 かっこいいのは名前だけじゃない。見た目もかなりかっこいい。

 会社員だから、週末しか会えないんだけど、たまに仕事終わりに会えることがあって、そのときのスーツ姿がたまらなくかっこいいんだよね。同級生には感じられない魅力。大人の色気って感じ。

 会社員1年目なのに頼りになるからって色々任されてるらしく、いつも仕事が大変そう。そんな話を聞くのも結構好きなんだよね。

 ……でも、そんなかっこいい朝陽も、職場の先輩らしき人と浮気していた。

 浮気が発覚したのは、一人暮らしの朝陽の家でのんびりしているときだった。

 トイレに行くために出ていった朝陽のスマホの画面に届いたメッセージをたまたま見てしまった。

 画面を消さずに去った朝陽は、警戒心がなさすぎた。そこも可愛いと思ってしまう。……のはさておいて、画面が消えず、ロックが解除されたままのスマホは無防備だった。わたしは多少の罪悪感は脇に追いやって、そのメッセージだけでなく、過去のメッセージもさかのぼって読んだ。

 やり取りの相手は女の人の名前だった。仕事の話のようで、朝陽は敬語を使い、相手はタメ口だった。どうやら、仕事関係の先輩、もしくは上司だと思われた。

 その合間に、仕事以外で会ったと分かる会話が度々あった。同僚であれば、仕事終わりに食事に行くこともあるかもしれない。でも、空港で待ち合わせて遠出をしているやり取りを見つけたとき、確信に変わった。明らかに、プライベートで、泊まりだった。

 トイレから戻ってきた朝陽は、慌ててわたしから携帯を取り上げ、画面を見て愕然とした。

 最初は言い訳を並べた。断り切れなかった、迫られたんだ、とか。

 それはまさに彼女と関係があったことを認める発言でもあった。

 わたしがいるのにどうして、と問い詰めたら、朝陽はとうとう開き直り、わたしが悪いと言い始めた。わたしは何もしていないのに。浮気をしたのは朝陽なのに。

 あのとき、つい部屋を飛び出してしまったけれど、朝陽のことは変わらず好きだった。

 言い訳を並べてまで、わたしに弁解して、わたしと別れようとはしなかったのだ。浮気の1つくらい許したい。


 でも、朝陽と連絡がつかなくなった。

 何がダメだったのだろう。

 そんなに朝陽を責めたつもりはなかった。むしろ、わたしの方が傷つけられているじゃないか。

 できるだけ一緒にいたいから一緒にいたいと言った。朝陽はわたしの思いに応えて、できるだけ一緒にいてくれた。それなのに、わたしといると息が詰まるなんて、ひどくない?


 ここまで来たら、もう家に行くしかない。

 そう思い至り、朝陽に、“今日、家の前で待ってるから”とメッセージを送った。

 合鍵は持っていない。だから部屋の前で、仕事の帰りを待つことになる。

 そのメッセージにはすぐに返信があった。どんなメッセージを送っても、何の反応もなかったのに。

 わたしが部屋の前で待ちぼうけになることを、少しは心配してくれたのかな。そう思いたい。

“いつ帰るか分からない。土曜日に会おう。”

 とりあえず会う約束は取り付けた。わたしはホッと胸を撫で下ろした。


 ・・・


 翌日。いつものように、授業が始まる前に、カフェテラスにやって来た。

 わたしが着くと、マルと、共通の友達である大石がすでに座って談笑していた。

「丸太、彼女と別れたんだって」

「ああ。あっけなくな」

 結局、マルは昨夜ようやく繋がった電話で別れを告げられて、わたしの助言通りに彼女とお別れをしたらしい。

 マルは彼女と別れたというのに、飄々としている。まだ彼氏と別れてないわたしの方が辛そうだ。

「じゃあ合コン行くか?」

「行く!」

「即答だな」

「いつ?」

「しかも前のめり」

「焦らすなよ」

「土曜日」

 マルは大石と盛り上がっている。

 しばらくは続きそうだ。わたしはその雰囲気に混ざれる気がしなくて、立ち上がる。

「――どこ行くの?」

 わたしのことなんかもう忘れていると思っていたのに、立ち上がったわたしにマルが声をかけてきた。

 顔だけマルに向ける。

「友達と約束してて」

 友達との約束なんかはない。

 ただ、すでに前を向いているマルの隣にいるのは辛くて、離れたかっただけだ。

「そっか。じゃあな」

「うん」

 わたしは、軽く手を振って、カフェテラスを後にした。

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2025年12月22日 12:00
2025年12月23日 12:00
2025年12月24日 12:00

恋ではなく愛 如月小雪 @musicalscale

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