第4話 義経、蛙を目指す
義経は、頼朝の命を受けて京へ向かっていた。それは、後白河法皇への謁見のためであった。平家討伐の大義名分を得る。そして、平清盛らを滅ぼす。それこそが、源氏の宿願であった。
「殿、京へ入ったのち、やはり西国へ平家の追撃に向かうのでしょうか」
「弁慶よ、そう簡単にはいかない。後白河法皇は、間違いなく平家を討伐せよと命をくだされる。だからといって、瀬戸内沿いを進む平家に無策で立ち向かう訳にはいかない。我らは
義経は、水辺で鳴いている蛙を指さす。弁慶は、「蛙でございますか」と、首をかしげ、まじまじと蛙を見る。特に変わったところはない、いたって普通の蛙である。
「蛙は、その驚異的な脚力で前進する。これは、先の戦いで取り入れた戦法だ。つまり、馬の脚力をもって崖をかける。蛙には、もう一つ特徴がある。弁慶、分かるか」
「蛙といえば、和歌でしょうか。万葉集にも蛙が題材の和歌が数多くありますゆえ」
義経は、大笑いする。それもそのはず、怪力の豪傑である弁慶から和歌という言葉が出てきたのだから、至極当然の反応であった。
「それもある。もう一つの特徴とは、水陸を自由に行き来することよ。我らは山岳での戦には慣れている。しかし、平家の得意とする海戦では、正直分が悪い。奴らを陸に引きずり出すか、我らが海へ進出するか。答えは決まっている」
弁慶は期待に目を金剛石のように輝かせる。弁慶の得意な陸戦が期待できたからである。しかし、義経の判断は違った。「我らが海へ飛び込む」と。
「しかし、どのようにして優位に立つのでしょうか」
「幸いにも、後白河法皇は日宋貿易を推し進めておられる。つまり、宋の武器を使うのがよかろう。いや、正しくは元の武器を扱う。宋を経由して『てつはう』を手に入れる。これこそが、今後の戦を左右する新しき武器よ」
「てつはう」と聞いても、弁慶には伝わるはずがない。いや、弁慶以外でも理解できる者はいないだろう。しかし、主君義経の策に疑念を抱く者はいなかった。
この時代、「てつはう」は試作段階であり、粗悪品にも近いものであった。元寇で使われたものとは大きく違う。しかし、天才義経は、一つの可能性を見出したのである。
「陸軍は 蛙になりて 平家討つ そのありさまは 縦横無尽」
これは、蛙を見て義経が詠んだとされる句である。
そして、義経は京へ入った。いよいよ、後白河法皇との対面である。
「義経よ。兄の頼朝の命で参ったと聞く。当然、平家を――清盛を討ち果たすことができるのであろう」
「もちろんでございます。それにあたり、日宋貿易で仕入れたい武器がございます」
「貿易は、瀬戸内海を通って行われている。平家がいる以上、宋との貿易は難しい。そなたの言う武器を手に入れることは叶うまい」
義経は、不気味な顔でこう言った。
「宋との貿易を山陰で行いたく。さすれば、平家の影響はありません。そして、貿易の行き来の短縮にもなるかと」
後白河法皇は難色を示した。自らの力が及ばない地域での日宋貿易では、何が起こるか分からない。最悪の場合、源氏が謀反を起こし、朝敵になる可能性もある。
「ご懸念は、もっともでございます。ゆえに、山陰に陸路を設けます。これにより、朝廷の影響力は増しましょう」
「さようか。しかし、それでは平家を討つのに兵が足りぬ。そのような状況で勝てると言うのか」
「我らは、平家とは違います。少数精鋭で撃破して見せましょう」
義経が設けることを約束した陸路。これが、後の歴史に多大な影響を及ぼすとは、誰も知らない。すでに、歴史の歯車は回り出していた。
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