第3話 信濃の逆落とし
義経は、山麓の屋敷で策を練っていた。もちろん、打倒義仲の策である。今、この瞬間は平家を考える必要はない。頼朝は、義経に日々、密使を送っていた。油断した義仲が話す信濃についての特徴、そして、義仲の兵の総数。それらすべては、義経の頭に叩き込まれ、
「義仲は、近辺の山岳に詳しい。ゆえに、我らが真正面から攻め入れば、たちまち蹴散らされるであろう」
「しかし、殿の中には秘策があるのでは?」
「もちろんだとも、弁慶よ。この作戦は、兄上にも内緒で決行する。あくまでも、作戦の内容だけを秘密にするのだ」
「つまり、日時は頼朝殿の指示に従いつつも、大胆な戦略で義仲を圧倒。それをもって、兄上に認めてもらう。そういう算段ですな」
「さすが、察しがいい。五条で出会って以降、お前と考えが合わないことがない。これこそ、一心同体というものよ」
義経と弁慶は義仲討伐のめどが立ったことで、酒を酌み交わしながら、信濃の景色、自然を大いに楽しんでいた。その間、兄の頼朝は義仲から情報を引き出していたにもかかわらず。
そして、運命の日がやってきた。頼朝による義仲討伐の決行日である。その日は、偶然にも霧が漂い、周りの様子が見にくい状況であった。むろん、これがなくとも、義経の策は成功していた。だが、この霧がさらに彼の後押しをした。
「殿! やはり、危険です」
義経の策とは、義仲の屋敷の裏にある絶壁ともいうべき崖を、騎乗したまま降り下りるというものだった。
断崖絶壁を鹿は難なく通り抜ける。その姿、神の使いであるかの如し。
「鹿が通るなら馬も通れる。それが道理だ」
義経は、家来の進言をはねのけ、自らの策を決行した。
「我に続け! 義仲を討ち滅ぼし、この信濃を手に入れるのだ」
義経たちの進軍は凄まじいものだった。落馬する者もいたが、斜面をかけ降りることで勢いがつき、屋敷を警護していた義仲軍を馬の蹴りによって次々となぎ倒した。
義仲たちは慌てて戦の準備をするが、とても間に合うとは思えない。そう察した義仲は自ら屋敷に火を放ち、巴御前たちと共に命を絶った。その時、残されたとされる辞世の句がある。「我が戦 山岳を矛に するなれど その矛先は 我を貫く」。
義仲討伐の命を果たした義経であったが、兄の頼朝に呼び出され、
「兄上。義仲を油断させるために、宴会をしていたのでございます」
「その話、まことであろうな。それに、策を事前に提案しなかったのも許せん。今後、独断はしないようにせよ」
義経は「なぜ、兄は自分の才能を認めてくれないのか」という、葛藤を抱いていた。
義仲を討ち、無事に信濃を手に入れた頼朝と義経。しかし、その関係は徐々にねじ曲がっていく。その行く先はいかに。
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