魔王軍に居座られて俺の家がヤバい
@Silver_Cordon
第1話 魔王と勇者、同居中!
「お疲れ様でした」
「お疲れ様ー」
仕事上がり。声だけ返ってきた方向に一礼をして、バイト先の裏口を出る。
古びたドアの閉まる音が背後で重く響き、それを境に緊張の糸も閉じたようだった。
「ふぅ……」
外に出ると、にじんだ汗をそっと撫でるような夜風が吹きつける。
まだ梅雨には早い。湿り気を含んではいるが、蒸し暑さはなく、むしろ心地いい。昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返った商店街の中を、俺は深く息を吸いながら通り過ぎた。
肩にかけたバッグ、そして手に持った白いビニール袋の中にはなんと、見切り品となったプラスチックの弁当が三つもある。半額シールが誇らしげに輝いているようだ。
これが今夜の晩餐だ。俺と、もう一人の同居人の。
建物をすぐ右に曲がって人が通れるか怪しい裏路地には俺の愛車、年季の入ったママチャリが待っていた。かごに弁当を慎重にバランスよく乗せ、よろよろとペダルをこぐ。
道中、夜になるとなぜか人より猫の方が多く出くわす長い商店街を過ぎて、俺は慣れた速度で道路を進んでいく。
短い坂を登り細い路地を抜けて、長い坂を下ったところにある、かなり年季の入った木造アパート。
二階建て、風呂・トイレ別、築三十年以上。六畳二間。家賃は安い。理由はまあ、いろいろあるらしい。
この安アパート、特に俺たちが住んでいる部屋は変わっていて、玄関を開けたらすぐ目に入るのが階段だ。
玄関に鍵を差し込み開けて、小さく呟く。
「ただいま」
別に返事を期待していたわけじゃない。けれど。
「おおっ、よくぞ帰ってきた!」
元気いっぱいの声が、階段の上から降ってきた。タッタッタッと軽快に駆け下りてきたのは、うちに住みついている同居人。
「この魔王が、勇者の帰りを待っておったぞ!」
漆黒の夜を思わせる、艶やかで腰まで伸びた髪が背中をふわりと揺らす。
Tシャツ一枚、その下にはホットパンツを履いているはずなのに伸びきったTシャツで隠れて不安になるレベルの絶対領域。
さらけ出した白い足はすらりとまっすぐで、肌は月光のように透けるほど白い。
ぶかぶかのダサTは彼女の存在感たっぷりな胸のせいで前だけ突っ張っていて、なんというか、目のやり場に困る。
けど一番のインパクトは、その瞳だ。
紅く深い、底なしに輝くそれは、かつて数万の魔物と数百の魔族を従え、人間たちから恐れられた魔王の瞳。
今もなお、宝石よりも輝く熱を帯びているように、俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
「驚くがいい、この完璧な留守番ぶり! 火の元は確認済み、テレビを見るのは三時間まで、インターネット? にも触っておらんぞ!」
「まあ、うちにWi-Fiがまだ通っていないからな……」
「わしらの世界で言う魔導波だろう? それを魔力なくして全世界、遍く民が使えるとは、昨今の文明はすごいものだな!」
「何度も聞いたよ、それ」
俺は肩をすくめて笑いながら、弁当の袋を高く掲げた。
「とりあえず、夕飯はこれな。今日はなんと唐揚げ弁当をもらった」
「おお! 勇者、よくぞ熾烈な争いを勝ち抜いた! しかも三つとは恐るべし……さすが我が盟友よ!」
勢いよく手を伸ばしてくる魔王――ライゼ・ノクタールは、その荘厳な名前に似つかわしくないノリで、弁当を掲げる俺の手に頭をぶつけそうな勢いのまま飛びついてきた。
「わあっと! 揺らすと中身が危ないだろ!」
「早く夕餉とするぞ! わしは腹が空いておる!」
「分かってる! だから、こら、たださえ狭いとこで暴れるな!」
……なんでこんな生活を俺がしているのか。
異世界で魔王を倒すはずの俺が、今はその魔王と同居してるなんて、誰に言っても信じてもらえないだろう。
けど。
「さあ、今日も人間界の料理というやつを学ばねばな。……じゅるっ。いざ、開封の儀!」
「言い方」
俺と魔王の、少しズレた同居生活は、まだ始まったばかりだ。
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