「好き」の概念

月影詠猫

「好き」の概念

 突然だが、私には「嫌いな食べ物」がある。パクチー、春菊、ゴーヤ、蜂蜜、柿、葡萄など。他にも沢山あるが、すぐに思い浮かぶのは、この位だ。同時に、詳細は出さないが、「嫌いなアーティスト」や「嫌いな性格」というのもある。

 私にとって、「嫌いなモノ」というのは、すぐに思い浮かべることが出来る。脳が拒絶反応を示し、身体が拒否するからだ。身体が、脳が、それを記憶として残しているから、「嫌い」という感情が生まれているのだと、私は思う。


 では、私の「好きなモノ」は何なのか。実は意外にも、私はこの質問に答えることが出来ない。

「好きな食べ物は?」

「好きなアーティストは?」

「好きな動物は?」

「好きな本やジャンルは?」

 よく、会話のネタとして挙げられるこれらの質問に、私は即答することが出来ない。全て、「うーん」と考えてしまう。嘘だと思うだろう。「嫌いなモノ」がすぐ答えられるのに、「好きなモノ」が答えられない。普通は逆だ。「好きなモノ」を即答することができる。だけど、私はそうではない。「好き」が答えられないのだ。

「好きな食べ物……みかん、とか?」

「好きなアーティスト……うーん」

「好きな動物……犬はいるんだけど」

「好きな本やジャンル……ホラー、とか?推理系も読むのは読むけど」

 こんな感じ。一応、例を挙げることは出来るものの、自信を持って「これが好き!」と言えるモノが無い。いつも、ぼんやりした答えになってしまう。


 これは、恋愛話でも似たような事が言える。私にも、学生時代に「好きな人」ができたことがあった。2つ上の私と同じ水泳部の先輩だった。彼は、顔が整っていて、背が高くて、頭も良かった。練習や大会で綺麗なフォームで泳ぐ、彼の姿も素敵だった。「かっこいい」「好きだ」、その感情が私の中を埋めつくしていた。

 しかし、ある時気づいてしまった。


 「この『好き』という感情は、『恋愛的な感情』ではない」という事に。


 部活での先輩の様子を見て、それに気づいてしまった。では、どのような「感情」だったのか。それは、もっと単純なモノだった。


「憧れ」


 これだけ。

 、「好き」だったのだ。「恋愛感情」なんてもの、そこには無かった。そこから私は、「好きな人」というものが分からなくなった。分からなさすぎて、相手から恋愛的な好意を向けられれば、身体が拒否するようになってしまった。本来の「蛙化現象」というのは、こういう事を言うのだろう。


 では次に、「好きなアーティスト」について、考えようと思う。日本で言う「アーティスト」というのは、「音楽家」や「歌手」を指すので、これに絞ってみる。

 私も、よく音楽を聴く。ポップスやロック、ボカロなんかも聴く。明るい曲から、静かな曲まで、その時の気分に合わせて聴いている。

 しかし、よく「この歌手が好きだから、曲を聴いている」というのをSNSなどで目にする。正直、私にはそれが分からない。

「この声、良い!」

 とある曲を聴き、その歌手の別の曲を聴いてみる。

「あれ、なんか、違う」

 同じ人の、同じ声質で歌っている、同じような曲だ。だけど、違う。「好き」だと思っていた歌手の他の曲を聴いた時、「違う」と感じてしまった。なら、私が聴いて「好きだ」と感じた「この曲」は?。そう、思ってしまう。

 どこまでを「好き」と言っていいのか、分からなくなってしまったのだ。その「曲」を好きになった時点で言えるのか。その「アーティスト」まで好きになった時点で言えるのか。その曲を「作った人」を知り尽くした時点で言えるのか。皆は、どのようにして「好きだ」と感じているのだろうか。


 ここまで、自分語りを続けて思う。


「我ながら、面倒な考えをしているな」

「他に考えることあるだろう」

「それが『好き』ではないのなら、何だと言うのか」


 自問自答する私の思考の一部は、イライラしていることだろう。面倒な人間だと、そう言われても仕方がないと思う。事実なのだから。

 しかし、いくら頭の中で整理をして答えを出しても、結局また戻って来る。

「これは、本当に『好き』だと感じているのか?」

 本当に、我ながら面倒な思考回路だと思う。もっと、単純に「好きだ!」と言えるような思考が欲しい。


 世の中の人は、どのようにして「好き」を定義しているのだろうか。考えたこともなかった、という人が多いのは分かっている。しかし、「なぜ『好き』なのか」を問いたいのではない。「『好き』の概念、定義」を知りたい。哲学的な意味ではなく、もっと人間的な意味で知りたい。「『好きだ』と言えるその境界」は、どこなのか、それを知りたい。


 そんなことを考えながら、今日も私は、文字を綴っている。



[END]

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