俺を戦場で助けてくれた魔女は最強でポンコツで……そして恩人だった。
長根 志遥
プロローグ
――ちらっ。
魔女クィムサリアは大木の影から顔半分を覗かせながら、ふたりの青年の様子を窺っていた。
いや、その視線はそのうちのひとり、短い黒髪の男に向けられていた。
(……うんうん。あのときはまだ子供だと思ったけど、だいぶ大人になったわねぇ)
感慨深げに小さく頷く。
3年前に彼と初めて会ったときは、まだ少年だった。
けれど、今は背丈も伸びて大人の雰囲気を漂わせるまでに成長していた。
もっとも、彼が自分のことを覚えているはずもないのだけれど。
(記憶を消したのは私だものね……)
それが正しかったと今でも思っているけれど、やっぱり少し寂しい気持ちも残っていた。
と――
「……リア様、顔がニヤけてますよ?」
「――――ッッ!?!??」
後ろから唐突に掛けられた言葉に、クィムサリアは声が出そうになるのを必死に堪える。
あわや、喉から心臓が飛び出すかと思ったほどだ。
汗が額から噴き出すのを感じながら、勢いよく後ろを振り向く。
そこにはメイド服を纏った獣人の少女が立っていた。
「(ちょ、ちょ、ちょっとサリュサ! 気付かれるじゃないの!!)」
できる限り小声で、しかし精一杯の非難の声を浴びせる。
しかしサリュサは意に介すことなく、平然と答えた。
「気付かれたら、また忘れてもらうだけでは?」
「そ、そういう問題じゃないでしょっ!? もう……! 何度も記憶消去の魔法を使うなんて。混濁したらどうするのよ……」
「あ、ほら。行っちゃいますよ?」
サリュサはクィムサリアの抗議など気にもせず、彼女の背後――ふたりの青年が歩いていくほうを指さした。
クィムサリアは何か言いたげにしつつも、少し眉間をしかめただけで何も言わず、彼らのほうに視線を戻す。
(……今のティガスさんじゃ、ひとりであれを相手にするのは無理よね。でも、なんで魔獣が砂漠から……。もしかして、引き寄せられた……?)
クィムサリアは心の中でそう呟きながら、剣を手に森の奥へと歩いていく青年たちの背中をじっと見つめ続けていた。
◆
「ティガス、落ち着けよ。アイツにはもう2人もやられてっからな」
ロルフは早足で前を歩く幼馴染の青年――ティガスに向け、自分にも言い聞かせるように嗜めた。
「わかってるさ。でも――」
ティガスは前を向いたまま、早口で返す。
ロルフの言っていることも分かる。
けれど、どうしてもはやる気持ちが抑えきれず、足が勝手に前に進んでいく。
今朝、自分たちが住む小さな村を襲ったのは、これまで見たこともない、黒く大きな獣のような姿だった。
同じ村の仲間が、目にも留まらぬ速さで喉を噛み切られ、血まみれになるのをこの目ではっきりと見た。
――その仇を取らないと。
その一心だけで、ロルフとふたり、こうして森の奥に逃げた獣の足跡を追っている。
しかし――
「もし、お前に何かあったら、セファーヌが困るだろ。無理すんな」
「――っ!」
ロルフの出した名前を耳にして、足が止まる。
肩で息をしながら、ティガスはゆっくりと振り向いた。
「……悪い」
「わかりゃいいんだよ。そんなに息が上がってたら、戦うもんも戦えねぇだろ?」
ティガスは小さく、しかしはっきりと頷く。
確かにロルフの言う通りだ。
きっと相手は手ごわい。突然のこととはいえ、村の手練れがあんなに簡単にやられたのだから。
(セファーヌ……)
最愛の妹の顔を思い浮かべる。
ずっと病弱で寝込んでいたけれど、3年前に回復してからは、兄妹ふたりで支え合って過ごしてきた。
だから、なんとしても村に害をなす獣を倒して、彼女の元に帰らないといけない。
そう思って、大きく息を吐いた。
その時だった――
(――なんだッ!?)
突然、首筋がゾクッとするような感覚がティガスを襲う。
視界の片隅に閃光のような光が見えた気がして、それを避けようと咄嗟に身を屈めた。
――ザシュッ!
一瞬遅れて、自分が立っていた場所を一陣の風が通り過ぎる。
いや、風ではない。
音の向かった先に慌てて視線を向ければ、そこには自分たちが追っていた獣――人間より一回りほども大きな巨大ネズミのような――が牙を向けて自分たちを睨んでいた。
「構えろッ!」
ロルフが叫ぶ。
弾かれたようにティガスも剣を構え、敵の動きに意識を集中させる。
それと同時に、冷や汗が額を流れるのを感じていた。
(身を屈めなければ……死んでいた……)
明らかに目で追える速度ではなかった。
たまたま運が良かったのか、それとも……。
しかし、そんなことを考えている余裕なんてない。
『ぎゃおおおぉおぉぉ!!!』
獣の叫びに鳥肌が立つ。
恐怖で目を逸らしそうになるが、それを必死に抑え込んで獣を睨みつけ続ける。
(――来る!)
なんとなく、そう
その瞬間、ティガスは自分の身体が何かに導かれたように、勝手に動いたような気がした。
――ザシュッ!
時間が止まったかのような感覚のなか、ティガスが振るった剣は、獣の首――急所と思われる場所――を切り裂いていた。
◆
「……ふぅ」
森を離れたところで、クィムサリアは小さく息を吐いた。
自分でも気づかないうちに、肩に入っていた力が抜けていく。
「ちょっと……ドキドキしたぁ……」
ぽつりと零した言葉に、隣を歩くサリュサがちらりと視線を向ける。
「勝つのは分かっていたでしょうに」
「そ、それは……そうなんだけど……」
ぜんぶ分かっていた。
彼が負けないことも、万が一怪我をしてもすぐに治してあげられるってことも。
それでも――
「……心配になるものは、なるのよ」
小さくそう言うと、サリュサは一瞬だけ考える素振りを見せてから、あっさりと言った。
「へぇ、なるほどですね……」
「『なるほど』ってなによ。それ、どういう意味!?」
むぅ、と眉間に皺を寄せるクィムサリアに、サリュサは肩をすくめた。
「そのまま、言葉の通りですよ。ご自分のほうがよくわかっているんじゃないですか?」
「ぶー、もういい。……砂漠に帰るわよ」
「はい、承知しました」
くるりと向きを変え、真っ白なワンピースのスカートを翻したクィムサリアに、サリュサは大げさに礼をしながら返す。
それと同時に周囲を光が包んだ。
その一瞬のあとには――どこにもふたりの姿はなかった。
◆
『作者より』
調子に乗って、カクヨムコン2作目。
以前連載していた「砂漠の魔女はまだ恋を知らない。」の改稿版です。
ラブコメ要素をちょっとマシマシでお届けしますので、よろしくお願いします。
同時連載の書き下ろし作品「憧れの狐耳神絵師が、いつの間にか僕の家に住み込んでメイドをしている件」も是非!
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