ブルーローズ・ディープ・ダウン

きみのマリ

ブルーローズ・ディープ・ダウン

 それに出逢ったのは日曜日の朝だった。


 両親は互いに泊まりの仕事で、昨日から家を空けていた。不在なことが常の父はともかく、自分も研究生として所属しているバレエ団の代表を務める母の声のない朝は久しぶりだった。とはいえ、それが毎朝のルーティンを変える理由にはならない。

 母が決めた起床時間にベッドから出て、母が決めた服に着替え、母が決めた食事を摂る。

 ただこの日は例外がひとつあった。

 母からの指示で、彼女の友人である演出家の特集番組が放映されるので、参考のために観ておくこと。

 無駄な雑音を疎む両親が住まう家で、普段あまり活躍することのないリビングのテレビをつける。瞬間、自分の目に飛び込んできたのは、鮮やかで煌びやかでかしましい──少女が魔法で姿を変えて戦う、子ども向けのアニメだった。

 唐突に始まった物語を、ただ茫然と眺めていた。

 自分と同年代風の少女たちが、それぞれの日常を謳歌しながらも、悪魔と称される敵と戦っている。途中、五人の内の一人──白を基調としたコスチュームの大人しい少女だ──が、仲間を裏切る展開となった。

 仲間の手を払い、彼女は駆け出す。

 それはどうやら、彼女がずっと胸に秘めていた想いのようだった。この想いを抱くことは決して許されない。それでも、ゆきたい。ゆかなければ。駆け抜けなれば!

 彼女は真夜中、橋の上にたどり着く。満月の光のもとで、彼女を追いかけてきた鳥のマスコットが必死に説得を試みる。


「いまならまだ間に合う。まだ戻れる。君はほんとうは、誰よりも強くてうつくしい心の輝きを持っているのだから!」


 片翼を伸ばし自分の手を取るよう、再び光の道へと導こうとした鳥に、彼女は告げた。


「これがわたしなの。この心こそがわたしなのよ。わたしのこの輝きが間違っていると言うのなら、わたしは光の道へは帰れない。──いいえ、帰らない。わたしは、わたしの悪の道をゆく!」


 パリン。

 彼女の、スタージュエルと呼ばれる変身アイテムが砕ける。しかし割れたジュエルの破片が新たな姿を形成し、それは輝く紫の月となった。

 かつて純白の戦士だった少女は、妖艶な夜空の如きドレスを身にまとう。片翼を掴まれたかつての相棒も、その姿を本来の人間の男性へと戻され、彼女の崇高な悪の心に呑まれてしまう。


「…………いいなあ……」


 月夜の橋の上でうつくしいワルツを踊る男女を観客席から見上げていた。そんな夢想の最中、雫が落ちるように耳に届いた声。主が自分であることに、ずいぶん遅れて気がついた。


 ──あ。

 アニメのエンディングの後に思い出したようにチャンネルを変えるも、母に指示された番組はとっくに終わっていた。

 どうしよう、と思う。

 決められたルーティン以外の行動を選択したことがなかった。生まれてから何ひとつ、そういえば自分で選んだことなんて、なかったのだ。

 どうしよう、ともう一度思い、とりあえず雑音が流れるテレビを消した。


 息を吐き、天を仰ぐ。

 脳裏によみがえる輝きがあった。

 ずっとずっと自分を魅了してやまない、うつくしい光。ただそれは、きっと秘匿すべき欲望で、欲したところでいまの自分には到底手に入らないであろう代物だった。


 どれくらい立ち尽くしていたのだろう、帰宅した母が自分の姿を見て瞠目した。明らかに様子がおかしい息子を心配をしたのか、叱るようなことはせず、自室で残りのタスクを熟すように促した。

 部屋へ向かおうとする自分を母は一度引き留め、指示通り番組は観たのかだけ問うた。

 振り向きざまに微笑んで、答える。


「うん。ちゃんと約束を守ったよ」


 母は安堵したように頷いた。

 彼女の胸でひと際うつくしく輝く紅い光を横目に──昏い悦びが自分を満たしていた。


 そうか、べつにいいのか。

 想いを抱いても。

 光を欲しても。

 手に入れたいと願っても。



 ***



「のばら」


 自分の名前を呼ぶ、甘くやわらかなテノールが好きだった。

 彼が教室に足を踏み入れた途端、波が引くように喧騒がやむ。それに自覚があるのかないのかわからないが、大翔やまとがいつもの王子様然とした微笑みを携えて、のばらに文庫本を差し出した。


「これ、ありがとう。おもしろかった」

「どういたしまして。返すの放課後でもよかったのに」

「移動教室のついでだから」


 それじゃ、と踵を返す。しかしふと動きを止めた大翔は、のばらの席の傍らでやり取りを見守っていた友人に目を向けた。

 児玉こだまさん、と彼女の名を呼ぶ。


「大丈夫? 無理はしないでね」


 目を細めて笑いかけ、そして何事もなかったかのように教室を後にした。ぽかんとするのばらたちを残して。


「……綾美あやみ、どこか具合悪いの?」


 大翔が去った教室の出入り口から目を戻し、友人へ訊く。彼女もはっと我に返ったような表情をしてから、やや気まずそうに答える。


「ちょっとね。ただの生理痛。でもあたし軽いほうだし、誰かと話してると気が紛れんの」

「……そう。でもほんとに、無理しないでね」


 ありがと、とはにかんだ彼女は、余韻を噛み締めるように再び出入り口へ目をやる。


世良せらくん、どうしてわかったんだろ……。やっぱあれか、プリンスだからか。プリンスセンサーがあんだな、きっと」

「なにそれ……」

「だって、あんなカッコよくてスタイルよくて声よくて気遣いやばくて……ガチでなに? おとぎの世界の住人じゃん」

「綾美、ちょっと落ちついて」


 すっかり興奮気味の友人を宥めるつもりで言えば、彼女は肩をすくめてのばらを見やる。ニヤついて、さすが姫は慣れてらっしゃる、といたずらっぽく唆す。安直なわりに、こちらの羞恥を煽る威力が高い呼称に、思わず眉が寄る。


「それほんっとやめて」

「実際そうじゃん。世良くんとのばらが話してるときのあたし、モブ召使いの気分だったもん」

「大翔はただの幼なじみだよ」

「うおっ……その台詞を現実で聞くことあるんだ」

「……王子演ってる大翔はともかく、私は姫なんて柄じゃない」

「そ? のばらが思ってるより、ふたりお似合いだよ。みんなそう思ってっから世良くんフリーなんじゃん?」


 最早言い返す気力も失くしていると、タイミングよく予鈴が鳴った。

 式には呼んでくれよな、とわけのわからない捨て台詞を吐いて、友人はさっさと席へ戻って行った。

 次の授業の準備もそこそこに、手元に返ってきた文庫本に目を落とす。数年前に流行ったミステリー小説で、結末は知っているから、胸が高鳴る感覚なんてとうにない。ないはずなのに──。とくとくと鳴る鼓動の速さを、のばらは気づかない振りをした。

 本の表紙をすり、と指先で撫でる。

 大翔も、きっと触れたのだろう。あの長いうつくしい指先で。



 のばらと大翔は、父親同士が学生時代の友人という縁から、現在に至るまで家庭ぐるみの交流を重ねている。

 大翔は、出会ったときにはすでにバレエ団代表を務める母に師事し、クラシックバレエを習っていた。友人が「おとぎの世界の住人」と称したように、彼はまさに王子を演じるべくして生まれてきたような存在に思えた。

 対してのばらは、父と同じ医師を志し、机にばかり向かっているだけの子どもだった。

 のばらは当初、苦手だった、大翔のことが。

 たしかに周囲を魅了する容姿をしているし、のばらにもやさしかったが、それがなんだか一層近寄りがたくさせた。立ち振る舞いが精巧な機械じみていて、どうしてもほんの少し、恐ろしかったのだ。

 のばらの大翔に対する印象が変化したのは、小学校高学年になる頃だった。


「いいね、それ」


 その日、父親に連れられてのばらの家を訪れていた大翔は、開口一番そう言った。

 のばらはヘアクリップで前髪を留めていた。母からの誕生日プレゼントで、ブルーローズを模したジュエルがあしらわれており、大人っぽくて気に入っている。


「すごく素敵だよ。いいなあ、おれも欲しい」


 ジュエル以上に目をきらきらと輝かせる大翔に、虚を衝かれた心地になる。


「……もしかして大翔、すきなの? こういうの」

「うん。……あ、のばら、内緒にしてね。特に母さんには」

舞華まいかさん厳しいもんね」


 大翔の母親は、バレエで王子役を演じさせるために子育てをしているような女性だ。当の息子が少女のような趣味嗜好をしていると知ったら、発狂──まではさすがにないかもしれないが、少なくとも大翔がこうして他人の家に遊びに来ることは二度となくなる気がする。

 肯定の代わりとばかりに大翔は微笑むと、またのばらのヘアクリップに視線を注ぐ。その姿が、なんだかショーウィンドウでおもちゃを眺める子どものようで、おかしかった。


「のばらと同じ色だね」

「同じ色……?」


 ふ、と空気がやわらかく揺れた。

 大翔のアーモンドアイに映っている自分の姿が、なんだか別人みたいだ。まるでお姫様のようにきれいに見える。


「似合ってるよ。青い薔薇」


 なんだ、とのばらは肩の力が抜けるのを感じた。

 どうして機械のようだなんて思っていたのだろう。彼は王子の容姿をまとったただのひとりの人間で、やさしい男の子だ。

 ようやく幼なじみに対する緊張が解けたものの、しかしのばらは、今度はべつの意味で大翔を意識するようになってしまったのだった。




「大翔?」


 学校の帰り道、運河に架かるアーチ橋に姿勢よく佇む姿を見つけた。

 両手をスラックスのポケットに突っ込んだ大翔は、のばらに振り向き、気安い笑みを浮かべた。これから塾? と訊かれ、頷く。


「大翔は……」


 口にしかけて、どうせいつもといっしょか、と問いを噤んだ。


「こんなところで油売ってていいの? 今日も練習あるんでしょう」


 すらりとして見えるのに、横に並ぶと明確な体格差を感じる。

 曰く、余計な筋肉がつかないようにと、大翔は体育の授業すら見学している。だから彼が運動しているところをろくに見たことはないが、陰で努力を重ねているのだろう。


「大丈夫、あと五分は余裕があるから」

「相変わらず大物俳優みたいなタイムスケジュールだね」

「そう? 俺からしたら、のばらのほうが余程しんどそうに見えるよ。最近根詰めすぎてるんじゃない?」

「……私は大翔みたく要領よくないから、必死に勉強するしかないの」


 そう、将来のために相変わらず愚直に机に向かっているのばらと違って、大翔は案外小賢しい。

 両親──特に母親──といるときは、ぴんと線が張ったように立ち、それでいて如何にも聞き分けのいい物言いをするのだ。学校でも、彼は一目置かれる優等生で、王子様だ。例えば、こんなふうに行儀悪く両手をズボンのポケットに入れたりなんか、絶対しない。


 友人の冷やかしを思い返す。

 正直のばらは、満更でもなかった。幼なじみの大翔とそういった扱いをされることに。

 演じることが日常の彼が、唯一等身大の高校生らしい姿を晒す相手は、たぶんのばらだけだ。

 そっと視界の端で隣を盗み見る。

 陽光を受けてきらきらと輝く川面を、どこか遠いまなざしで眺めている。

 放課後、大翔はたびたびこのアーチ橋に佇んでいる。その姿を目にすると、のばらの胸はどうしようもなく疼くのだった。

 わたしが救ってあげたい。

 ともすれば見当違いな思考がよぎる。大翔が置かれた環境を憂いたことなんか、一度もないのに。


「……休み時間」


 甘い夢想のあれこれを払拭するように、のばらはふと思い出したことを隣へ尋ねる。


「どうして、綾美が具合が悪いってわかったの?」


 応えがない。橋の上は車の往来もなく静かで、この距離で聞こえなかったということはないはずだ。

 ややあって、薄い笑みを浮かべている唇が、微かに動いた。


「ひとつの器が持つ色は、ひとつとは限らない。たいていいろんな色が共存してるんだ。マーブル模様みたいに」


 え、と間の抜けた、声とも言えない声が漏れた。


「色合いの流れで、なんとなくわかる。その器がどういう状態か、何を求めてるのか」

「……何の話をしてるの?」


 大翔、と思わずこちらに呼び戻すような、縋るような声音になった。

 影が差して表情が窺いにくい顔が、ゆるりとのばらへ向けられる。


「……のばらは、いいね。昔から変わらない。鮮やかな青い薔薇みたいな色だ」

「…………」

「そろそろ行こうか」


 お互い頑張ろう。

 別れ際にかけられた言葉に、嘘はないはずだ。だからのばらは素直に頷いた。あの橋の上で、幼なじみの男の子が一瞬違う世界の誰かに見えただなんて──そう、きっとただの錯覚。



 数ヶ月後の冬、のばらは勉強の成績が伸び悩んでいた。

 大学受験まではまだ充分に期間があるものの、なかなか苦手を克服できない。もう逃げちゃいたいな、とつい愚痴っぽく項垂れていた、そんな折だった。舞華の訃報を聞いたのは。

 バレエ界の著名人であった舞華の死は、その夜のニュース速報で取り上げられた。持病の悪化。自宅のリビングで意識不明。帰宅した息子が発見し、通報──。


 茫然としている間に、濁流に呑まれるようにあらゆる出来事が過ぎた。

 舞華の葬儀に出席してからしばらく経った日の夜、のばらはおもむろにベッドから体を起こした。満月のせいだろうか、今夜はやたらと明るく感じて、目が冴えてしまって寝つけない。

 少し外の空気でも吸いに行こう。

 思い立ち、のばらはパジャマの上にコートを着込んで、そうっと家を出た。


 バササッ。

 月明かりの道の途中、アーチ橋の上でのばらは足を止めた。真夜中だというのに、裂くような鳥の羽音がたしかに聴こえたのだ。そちらを見上げようと欄干に手を乗せると、びゅっと凍てつく風が吹きつける。目を眇めたのばらの眼下で、見知った影が動いた気がした。


「……大翔?」


 河川敷に、大翔がひとりで佇んでいる。それをはっきりと認識した瞬間、のばらの心臓が嫌な音を立てた。


 ──大翔くん、バレエを辞めてしまったらしい。


 葬儀の後、悲痛な面持ちで父が告げた言葉が脳裏をよぎる。

 のばらは、大翔はほんとうは、バレエなんかやりたくなかったのでは、としばしば感じていた。橋の上で佇む姿を見るたび、もどかしく思っていた。ただ逃げ場がなかっただけで、それ以外の居場所が与えられなかっただけで、ほんとうは──。

 “いつか私があなたを救ってあげられる唯一になれたら。”

 そう感じていたのに、父から聞いた言葉は、まるで死刑宣告のようにのばらの胸を軋ませた。

 たとえ本意でなかったとしても、生まれてからずっと道標だったたったひとつの星が、突然目の前から消えてしまったら。こんなに暗い夜に光を失ったら──。

 そしてずっと橋の上にいたはずの大翔が、いまは河川敷にいる。真冬の川の冷たさを想像して、のばらは心底ぞっとした。


「──大翔!」


 駆け寄って、衝動的に彼に抱きついた。女子の平均より少し大柄なのばらの不意打ちを、大翔はよろめくこともなくあっさりと受けとめた。


「……のばら?」


 そんなに焦って、どうしたの。

 そう言わんばかりの至って穏やかな、いつもと変わらない声色だった。


「……大翔、わ、わた、私……っ」

「うん?」


 大翔は恐ろしいほど落ち着いていた。この状況で微笑みすら浮かべていて、何ひとつ失っていないのばらのほうが余程動揺していた。

 なんて言えばいい。どうしたら彼を救ってあげられる。何よりも大事な彼に、私は何ができる?


「大翔……私、なんでもする……。私ができることなら、大翔のためなら、なんでもするから……!」

「……のばら……」

「だから、お願いだから、いなくならないで……」


 ああ、なんて陳腐なのだろう、と自分のあまりの不甲斐なさを呪った。

 同時にのばらは、自分の傲慢さにも気がついてしまった。幼なじみだから。誰よりも親しいはずだから。家にも学校にも居場所を見いだせないでいるだろう彼が、唯一心を許せる存在なのだと、勘違いしていた。

 けれどもう、どうだっていい。

 情けなくても、ひとりで遠い世界に行ってしまいそうな大翔を、なんとか繋ぎ止めたい一心だった。


「──いいの?」


 俯くのばらの頭上から、声が降ってきた。それはこの状況で聞くにはずいぶんミスマッチな明るい声色で、のばらは自分の聞き違いかと疑った。


「『なんでも』かあ。嬉しいよ。俺、誕生日に両親にもそんなふうに言ってもらえたことない」

「……やま、と……?」

「ありがとう、のばら」


 のばらの視界で、うつくしい少年が蜜のように甘く微笑んでいる。頬をすり、とまるで恋人にするように撫でられる。

 こんなシュチュエーションを、青い薔薇が似合うと褒められた日から何度も夢にみた。なのに、のばらの体温はひどく冷えきっていた。

 なんだろう、寒い──いや、眠たい。体が重い。いろんなことが一気に起こりすぎて、疲れたのだろうか……。


 バササッ。

 朦朧とする意識で、覚えのある鳥の羽音を聞いた。近くにいるのだろうか、鳥が……。


「のばら、見てごらん」


 少年がのばらの体を支えるように抱きながら、長い指先で川面を差した。


「月が水面に映って、きれいだよね」


 俺、あれが欲しいな。

 耳元で囁いた声が何を言っているのか、正直のばらにはもう理解できていなかった。凍えるような眠気がまとわりついている。

 それなのに、動けないのに、いかなければ、と導かれるように思う。

 いかなければ。

 あなたの声が望むのなら。

 のばらの足が、真冬の川に向かって一歩踏み出した。



 ***



「川で溺れたらしい」

「うちの生徒でしょ? すごく優秀だったって」

「勉強で悩んでたって聞いたよ」


 可哀想だよね、とアーチ橋を通り過ぎる学生たちの会話を背中で聞き流しながら、少年は川面を見下ろしていた。

 バレエをやめて、放課後の練習もないから、時間に余裕がある。スラックスのポケットに両手を入れてしばらくそうしていると、あっという間に夜になった。冬は日が沈むのが早くて好きだな、と思う。


 バササッ。

 暗い夜空から黒鳥が姿を現し、当然のように少年の肩に乗った。


「──可哀想だね」


 手に入れたを、指先で慎重に摘んで吟味する。


「母さんのときと同じだ。やっぱり器から離れると、輝きが弱くなる」


 生きている器に在るときが最もうつくしいだなんて、皮肉だな。

 せっかく手に入れたのにと悲嘆にくれながらも、青い球体の色の流れを入念に観察する。少年の肩の上で、物言わない黒鳥は退屈そうにあくびをひとつした。

 月のない夜空に球体を掲げ、まあいいか、と小さく笑う。


「俺、出会った頃からずっと君が欲しかったんだ。……大丈夫、そんなに怯えないで。最期まで大事にするから」


 ね、のばら。

 いとおしそうに微笑みかけて、少年は鮮やかな薔薇のような青をその掌に収めた。

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