小さな木の実は静けさを

些阨社

小さな木の実は静けさを

 昔々、連邦と呼ばれる国があった。

 連邦はその他の国を全て支配下に置き、世界の全てを連邦とした。しかし多民族を詰め込んだ単一国家としては欠陥の多すぎた国家運営システムは早々に崩壊し、度重なる内乱、紛争の後に国を二分する東西戦争が勃発。その後世界は西国と東国に別れることとなる。

 戦いに疲弊しきった両国に昔から伝わる伝承、「戦いが全てを覆う時、希望の箱が戦いを消し去るであろう」。その伝承が戦いに明け暮れる両国にとって現状を打破する最後の希望となっていった。

 そして、現在。

 「プラボ、貴様にこの鍵を渡す」

 暗く広い部屋の中、上から落ちる一筋の光を受け、顔に深い影を作る男の声が響く。

 「そして、伝説にある箱、希望の箱を目覚めさせこの戦いの歴史を終わらせるのだ。東国の勝利をもって、我が国を取り戻せ」

 「は、将軍様」

 プラボと呼ばれた少年は重苦しく鈍い銀色の箱を開け、中に入った鍵を手に取ると、重い鉄扉を開け部屋を出る。

 丁度その頃、西国でも鍵の受け渡しがあった。

 窓が無く、代わりに照明が明るく光り国旗や軍旗などが整然と並べられた部屋。

 「レボ君、この鍵を託す。そして戦いを終わらせてくれ。我々の未来の、我が国の為に」

 「は! 提督閣下!」

 レボと呼ばれた少年はも鈍い銀色の箱から鍵を取り出し手に取った。

 かくしてプラボとレボ、若い二人は二国間の境に位置する宮殿へ向かう事になった。

 「鍵を持つものは何人も触れることかなわず」と伝えられる通りに、二人は何の障害も無く宮殿へと到着する。そして宮殿入口で相対する。

 「祖国を一つに」

 「我らの未来を」

 宮殿の門扉には鍵穴が二つ。二人はそれぞれ鍵を入れる。

 ガチャリと音がすると、地面から響く歯車の回る音と共に巨大な門扉が開く。

 そして目の前に一つの石碑。そこには一文。

 「二つの鍵を持ち、和解せよ」

 此処に来てそんなこと……。そんなことを出来ていれば此処には居ない。

 二人は足早に進む。そしてその先にある扉にも二つの鍵穴。そこで二人の理解は一致した。和解とは鍵を同時に使えと言うことだと。

 中には様々な仕掛けがあった。

 交互に開ける扉、水で満たされた部屋、左右から迫って来る棘の壁、火の柱が立ち昇る部屋、その全てが一人では解決出来ない作りになっていた。そんな中、二人の間には友情にも似た感情が芽生えていた。

 二人は思う。今、国は別かれているが元々は一つの国家だった。何故争うのか。何故争うばかりなのか。少なくとも二人は分かり合えている。勝ちか負け、生か死か。そんな世界ではどちらが勝ってもまた同じことを繰り返すだけでは無いか。本当に求めなければいけないのは「我が国」などでは無い。力を合わせて作り出した「我らが国」こそ、本当の国では無いのか……。

 そして遂に二人は希望の箱がある部屋まで到達した。そこは黒い壁に覆われた広い部屋だった。黒い壁は映像を映し出す画面だったが今は電源を失い沈黙している。

 緩やかな階段状になっている部屋を降りて行くと、目の前に銀色のケースが蓋を開けた状態で無造作に置かれていた。箱の中は基板や電子表示器が並び、そこに突き刺さる太いケーブルは部屋の何処かへと繋がっている。そして鍵穴が二つ。そしてそこには何やら文が書かれていた。

 「二つの鍵を持ち、和解せよ」

 二人は顔を見合わせる。最初に見た時とは違う印象をこの文に感じる。あの時思った、和解出来ていれば……、では無く和解する意思を持つのだ。ここ迄来た二人には希望の箱の必要性など無きに等しかった。数々の困難な部屋を乗り切ったように、今外で繰り広げられている数々の戦いもきっと力を合わせて解決することが出来る。

 「ゴフッ」

 「プラボ!」

 「……血だ」

 その時、プラボは口から血を吐いた。

 「うっ!」

 同じくしてレボも吐血する。そこに何やら機械が近づいてくる。そして合成音声で喋りかけてくる。

 「私は救命コンパニオン、RSQ039。貴方方の状態を解析します」

 と機械は二人の血を採取し取り込む。電子音や小型モーターの駆動音の鳴る中、RSQ039は診断を下す。

 「お二人は重度の放射線障害を発症しています。速やかに退避し、平穏な生活を送ることを提案します」

 「治療とか無いのか?」

 「私には治療機能が備わっておらず、治療用コンパニオンに任せる所ですが、現在此処に残っている稼働可能なコンパニオンは私しかありません」

 「原因はなんだ?」

 「想定されるのはこの施設全体に分布する放射線の影響と、貴方方が今持っている鍵の影響です。特にその鍵は強力な放射性物質で出来ており、渡された時点で致死相当量の放射線に被曝していたと思われます」

 二人は自分達が軍に使い捨ての駒にされたことを知る。今まで微かにあった軍への信頼や希望も打ち砕かれた。腐りきった軍の愚かしさ、そしてそれが修正不可能な現実を突き付けられる。そこまでして昔話に縋るのか。しかし、こうなってしまった以上、自分達が和平に向け動くことは難しそうだ。なら……。

 二人は鍵を握り、箱の鍵穴へ差し込む。 

 そして静かに回し、カチンと音が鳴る。その音と同時に二人は大量の血を吐き、倒れ込む。そんな二人を明るく照らすように黒く沈黙していた画面に電気が入り明るく輝く。そこには世界地図が映し出されていた。

 「これは……。連邦……、彼処が我らの国、か」

 レボはその中に連邦と描かれた部分を見つける。地図の中央にあるそれは確かに東国と西国を合わせた形をしていた。そしてそこを中心として四方八方に線が伸び、その線が止まった先端を中心とした円が描かれる。

 「なんか、綺麗だな」

 プラボは呟く。

 広大な世界地図は見る見る間に重なりあった円で埋め尽くされると、大きく地面が揺れる。

 揺れる部屋の中、倒れる二人は平和を願いながら残る力で手を取り合う。



 そして世界から戦いは消え去った。

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