Smoke Gets In Your Eyes
青切 吉十
シガーキス
青年と呼ぶには、すこし年の行った男が縁台の左端に坐り、煙草を吸っていた。まわりから隔離されている、その縁台からも日本庭園がちらりと見えた。
男が煙草のけむりとともに、ため息を吐いていると、和装の着飾った若い女がやって来て、縁台の右端に坐った。そして、手にしていた和柄のミニバッグから煙草と使い捨てライターを取り出した。
女は煙草に火をつけようと、ライターを何度も押したが、火がつかないようであった。
女がライターを男に向って振り、「おかしいわね。ガスはまだあるようなのに」と声をかけた。火を貸せということだった。
男は薄い笑いを浮かべ、「そのライターは外れだね」と言いながら、スーツのポケットからオイルライターを出した。
「たしかに、使い捨てライターには当たりと外れがあるわよね」
そのように口にしつつ、女は縁台の右端から立ち上がり、男のとなりに坐った。
それに合わせて、男がオイルライターに火をつけようとしたが、火花が散るだけで、火はつかなかった。
「すまない。オイル切れのようだ。きょうは朝から忙しくてね。オイルを足すのを忘れていた」
男の弁解に女は煙草をくわえたまま微笑を返し、「間が悪いわね……。いいわ。直接ちょうだい」と男に顔を近づけた。
男はすこし驚いたそぶりを見せたが、女に従い、くわえていた自分の煙草の火を、女の煙草の先につけた。
しばらくして、ようやく、女の煙草に火がついた。
「はじめてしたけど、火がつきにくいものなんだね」と男が言うと、女が自分の吸っている黄色いパッケージの煙草を見せながら、「アメスピだからじゃない」と言った。それに対して、男は「ああ、燃焼促進剤が入っていないからね」と応じた。すると、女が「燃焼促進剤……。私にこの煙草を教えた男も言っていたわ。燃料促進剤」とひとりごとのようにつぶやいた。
ほんの少しの沈黙のあと、女が口を開いた。
「あなたはなにを吸っているの?」
「ピースのリトルシガー。コンビニでは売っていないけれど。甘くてうまいよ」と、男がスーツから煙草を取り出すと、「おいしそうね。どこで売っているの?」と女がたずねた。それに対して、男が、「ぼくはJTのサイトで注文している。一部の煙草屋でも売っているらしいけれど。ちょっと高いんだ」と応じた。
男の言葉に、女は軽くうなづいてから、けむりを吐いた。男はすでに煙草を灰皿に片付けていたが、なんとなく、女が吸い終わるまで待つことにした。
「そういえば、煙草って、なんで、それぞれニコチンやタールの量がちがうのかしらね。煙草の種類がちがうのかしら。それとも、煙草の量かしら。知ってる?」
女の問いに男が、「煙草にちがいはないよ。フィルターがちがうのさ」と答えると、「ああ、なるほど。物知りね……。私、物を知っている男、好きよ」と言った。
「それは光栄だね」と言いながら、今度は男がたずねた。
「加熱式タバコにはしないのかい?」
「アイコス? 私だめなのよ。アイコス」
「臭いが嫌という人はけっこういるね」と男が答えると、女は灰皿に煙草の灰を落としながら、「ちがうわ。おいしすぎて、一日に二箱吸っちゃうの。だから、やめたの。お金がつづかなくて」とほほ笑んだ。
女の言葉に男は、「それはそれは」と口にした。
その様子を見ながら、女が「ねえ、きょうはお見合い?」とたずねた。男が「そうだよ。叔母がね。いい年して仕事ばかりしていないで家庭を持ちなさいって」と答えると、女が「私と似たようなものね。ほんとうにさいきん、ママがうるさいのよ」と応じた。
女は最後の一口を吸い終わり、吸い殻を灰皿に捨てると、ミニバックから手鏡を取り出した。
その女に、「どう? きみの相手は」と男が口を開くと、女が手鏡を見ながら、「経歴はまあまあ。でも、つまらなそうな男よ。そちらは?」と逆にたずねてきた。
それに対して、男が、「きみと同じ感じだね」と言うと、女が手鏡から目を離した。
ふたりの視線が合った。
それから、男が女を見つめながら言った。
「だったらさ……」
Smoke Gets In Your Eyes 青切 吉十 @aogiri
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