第5話 熾火-おきび-

 煌々と火柱が登る。待ちきれない生徒は確かにコードを実行した。だが、火が消える様子はない。すでに半身が焼けて赤熱している。

 初老の教師は諦めたような顔で現実を告げる。

 「さっき言ったな。物質化に必要なものは、何を、どこで、いつ、どうするかだ。指定のなかったものは、その時の使用者の精神状態で変化する。」

 待ちきれない生徒は絶叫する。

 「なんで火が消えないんだ!」

 教師が答える。 

 「火を消せるか不安だろう。気分が落ち込んだから出力が落ちた。だから消せという曖昧なコードで、消せそうな種火になっていた何かが消えたのだろう。」

 


 正義感の強い生徒が叫ぶ。

 「悠長に説明してないで、早く助けてやれよ!」

 初老の教師はこう答えた。

 「限界量に近い物質化を使うとその影響はどう出るかわからない。いまの私がこの大きさの火を消せるかもわからない。限界を超えて死亡例も報告されている。」

 「助けようとした教師が焼かれ、死亡した例もいくつかある。君は自分の火遊びの不始末を、私に大人だから命をかけて助けろと言うのか?」

 教師は畳み掛ける。

 「それに、君の限界量は君自身がよくわかるだろう。君が消せと言えば消える。だが、私にやれと言う。」

 「口は出すのに手は出さない。物質化の手順も教えたがとっさに身体が動くような熱もない。正しさは身を切ってから言うようにしろ。」

 正義感の強い生徒は狼狽した。


 初老の教師が深く息を吐き、覚悟を決めた目で話を続ける。

 「単純な命令はAIがシステムを限定して走らせないため限界量を大きく消費する。だから指定を細かくして相反するものをぶつける。それが物質化を消す方法の一つだ。五行思想に乗っ取ると、水は火を剋す。だから水をぶつける。当量でだ。」

 「水蒸気でやけどする。皆大きく下がれ。」

 【Code 水 私の前方 50m 火柱を消す Enter】

 大水が火を飲む。周囲は霧に包まれた。


 

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