第17話 特に精神的な疲労を強く感じる。鈴木裕美さんについては、理解不能だ。

とにかく、疲れた一日だった。

肉体的というよりは、精神的な疲れだ。(特にお昼から、緊張し続けていた)

ゼミのレポートが夜中の三時までかかった、それは、たいしたことではない。

ジャズバーの代役ピアニストも多少ある。

(達人揃いで、若輩者として、神経を使った)

でも、とにかく気持ちの疲れの主たる原因は、美少女鈴木裕美が、どういうわけか、常に横にいたことだ。


俺は、アパートに入るなり、「ドスン」とソファに座った。

(へたり込んだが、実態だ)

美少女の気まぐれにしても、「程度とか限度があるだろう」と、思う。

もともと、彼女と、そのコーラスグループについては、クリスマスコンサートまでの「代役」としての「お付き合い」に過ぎない。

(そのコンサートが終われば、見向きもされなくなる、それも、自覚している)


美少女鈴木裕美が、あまりにも近くを歩くので、「申し訳ない」と思って、間隔を取った。

しかし、「それをするな」と、また近くを歩く。

「腕を組みますか」など、「心にもないこと」を、言ってからかって来た。


時々、指に触られ、手を握られた。

「もてあそばれている」と、思った。

俺には、女性から、関心を持たれるようなネタもないし、話術もない。

(そもそも、そんなキャラではない)

「用件」以外には、話せないのだから。


ソファに座って、いろいろ考えているうちに、落ち着いた。

「あまり考えても、どうにもならない」

「今日の美少女の行動は、今日だけの、気まぐれに過ぎない」

「今頃は、無駄な一日を過ごしたと、後悔しているはず」

「今夜の本番に失望して、代役ピアニストも、先方から断って来る可能性も高い」

「クリスマスの日に、コンサート出演とはいえ、俺と過ごすなど、美少女にとっては、悪い冗談に過ぎないのだから」


明日からのことも考えた。

「今日は、水曜日」

「女性コーラスグループの練習は金曜日」

「大教室の講義が少しあるけど、会うこともないだろう」

「顔を見たところで、今日のように、俺の隣に座るなど、馬鹿げたことは、して来るはずがない」

「あれだけの美少女だ、進んで隣に座りたい男には、困ることはない」

「そういう積極的で、話が上手い男と座ってもらうほうが、俺は助かる」


気持ちが落ち着いたところで、ゆっくり風呂に入った。

その後、ビールを飲んでいると、マスターから電話が入った。


「健ちゃん、ありがとう、助かったよ」

(マスターは明るい声だ、ホッとした)


「いえいえ、楽しかった、メンバーにも、よろしくお伝えください」


「それでさ、正月は横浜に帰るの?」

(仕事かな、と察した)


「一度くらいは、顏を出すかなと」

(妹の顏を見たい、親父と母さんは、どうでもいいが)


「カウントダウンで、出て欲しい」

(え?練習しないと・・・)


「親父さんには、俺から言うよ」

(そう言われると、断りづらい)


「わかりました、打ち合わせも必要ですよね」

(正月ソングは、俺のレパートリーにない)


「ありがとう、助かる」

(マスターは、親父より話しやすい)


マスターと話が終わった直後だった。

また、スマホが鳴った。

(「こんな遅くに誰?」と思った)


画面には、「鈴木裕美」と表示されている。

(今夜の演奏の酷さに、彼女が失望した、と察した)

(おそらく「代役ピアニスト失格」の宣告と、姿勢を正した)

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