第3話 今日からモフ太! 異論は認めない!

「うわ、マジか。雨降ってきたし」


 ポツポツと落ちてきた雨粒が、私のスマホ画面を濡らす。てか、私の髪も湿気でうねるとか最悪なんだけど。


「んー、今日はもう閉店ガラガラ。帰るよ」

「キュウン……」

 目の前の巨大な毛玉が、申し訳なさそうに喉を鳴らす。


「あんたさ、毛を切ったら一回り……いや、二回りくらい縮んだ?」

 今は私より背が低い。ゴールデンレトリバーくらいのサイズ感だ。


 うん、これなら「ちょっとデカい犬」で誤魔化せ……ないわ。普通にデカいわ。


 このまま連れて帰ったら、近所のオバチャンたちに「UMA発見!」って通報されて、明日のワイドショーで晒し者にされる未来しか見えない。


「ねえ、もっと小さくなれないの? 布団圧縮袋に入れたみたいに、ギュって」

「キュ?」


 首を傾げたそいつは、その場で

 クルンと一回転した。シュルルルル……という謎の効果音と共に、みるみる体がしぼんでいく。


「え、すご。高性能すぎん?」


 一瞬でトイプードル……いや、ちょっと太めのポメラニアンサイズになった。


「かわよ! なにそれ尊い。優勝」


 私は小さくなったそいつを抱き上げる。あったかい。モフモフ。


「名前ないの不便だね。……よし、今日からあんたは『モフ太』だ。異論は認めない」「キュッ!」


 気に入ったらしい。私はモフ太を小脇に抱え、ダッシュで裏山を駆け下りた。



 ♢ ♢ ♢



「サロン・ド・ヨシコ」の裏口。


「いい? 絶対声出すなよ。ママに見つかったら、あんたなんて保健所行きか、最悪、ママの角刈りの練習台にされるからね」

「キュ」

「あと足! 泥だらけじゃん。ちゃんと拭いて」


 玄関マットでモフ太の前足をゴシゴシ拭く。肉球ぷにぷに。弾力がヤバい。グミかよ。私はモフ太を抱えたまま、忍び足で階段を駆け上がり、自室へ放り込んだ。





 せーふ!

 アカネ選手、どうにか親に見つからず、滑り込むことに成功いたしました!


 とりあえず、さっき撮った動画をツイに上げよう。

 タイトルは『謎のモフモフをカットしてみた#JK美容師#神業』。

 送信ボタンをポチッとな。


 つっかれたー!

 私はベッドにダイブして目を閉じる。



 ♢ ♢ ♢



「アカネー! ご飯よー!」「はーい!」


 タイミングよく階下からママの怒号。はいはい、行きますよーだ。


 階段を降りながら、何気なくスマホの画面を確認する。投稿してから三十分。どうせ「いいね」ゼロだろうけど、一応。


「……って、ブファっ!?」


 変な声が出た。通知欄が埋まっている。いいね105。リツイート12。閲覧数……え、もうすぐ1万!?


 コメントも来てる。『なにこれ、キモかわいいw』『癒やされる』『新UMAじゃね!?』『早速リポスト』


「うひョーーーー!」


 階段の踊り場でガッツポーズ。なにこれ、脳汁ドバドバ出るんだけど。これが承認欲求の味……! 甘美すぎる。タピオカミルクティーの比じゃない。




「何やってんの。早く座りなさい」「ういっすー!」


 食卓に着いた私は、かつてないほどご機嫌だった。


 夕食はサバの味噌煮。いつもなら「また魚ー?」と文句を言うところだけど、今日の私は女神のように心が広い。白米が美味い。味噌汁が五臓六ごぞうろっに染み渡る。


 ドタバタドタドタ……!!


 突然、天井から運動会みたいな音が響いた。私が箸を止めるのと同時に、ママが天井を睨み上げる。


「……なに今の音」

「えっ」

「アカネ、あんた……部屋で動物飼ってるんじゃないでしょうね」


 ギクリ。ママの目が鋭い。美容師歴30年の観察眼は伊達だてじゃない。


 冷や汗がナイアガラの滝のように背中を流れる。


「ま、まさかー! ヒッキーの私が動物なんて世話できるわけないじゃん! きっとネズミだよ!」

「それもそうね」


 とりあえず難を逃れた。私は残りのご飯をマッハでかきこみ、「ごちそうさま!」と逃げるように二階へ戻った。

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