第2話 推しの聖剣、ミスって抜きました

 推しが笑って暮らせる未来をつくるため、あたし、木島夏音ことカノン・フィリアは、転生したこのフォストリエで、なんとかリーネが英雄にならないルートを走れないか考えてみた。

 ―――そして残念ながら、それはムリな話だということが判明したんだよね。


 ダメなんだ、あたしは推しの信念を曲げられない。


 発売日からぶっ通しでやり込んだあたしにはわかる。

 リーネフォルテは、自分が聖剣を引き抜くことを望んでいたと。


 だって失敗しちゃったら妖精王の伴侶だよ!? 次代の聖女候補のために生涯を捧げちゃうんだよ!!


 そりゃ、そんな未来ならリーネが聖剣を抜いて剣の聖女になる方がよっぽどマシだよ。あたしの目的はさておき、さ。


 ……だとしても、あたしはリーネを救いたいわけで。


 じゃあどうするかって? 簡単だよ。「選定の儀」っていうイベントごと、ぶっ壊しちゃえばいいんだ!!


 正直、神様にはめちゃくちゃ失礼だと思う。思うけど……!

 それでも、あたしはリーネにあの剣を握らせたくない。


「推しを救うためなら、何だってやるよ。そう―――世界が相手でもね」


 ということで、翌朝やってきました、クレストリア郊外の泉のほとり、聖剣が祀られた地下神殿。


 今日ここで、リーネは世界を背負う運命を自ら歩む。

 でも、そんなのあたしが認めないし、許さない。


 だから全部壊す。物理的に、聖剣が眠ってる神殿ごと。


 一日この世界で生活してみて、あたしの身体と思考は、すんなりと世界に順応していった。

 ……と、思う。

 この世界の魔法の使い方、体内にあるMPの総量、魔法のリキャストタイム。全部―――少なくとも、ゲーム準拠の感覚では手に取るようにわかる。

 ……まぁ、実戦で使える攻撃魔法を使うのは、これが人生初だけど。


「この神殿を設置した世界の神様ごめんなさい、リーネのために、派手にぶっ壊させてもらいます!!」


 左手をかざして、頭の中で強くイメージする。


 ゲームでは、レベルが上がったり、スクロールを使ったりすれば魔法を覚えて、コマンドにセットしてボタンを押すだけだったけど。

 なんかこの世界だと、イメージが大事なんだってさ。


 それなら問題ないね、だってあたし、頭の中にいくらでも再生可能な映像が残されてるわけだし!


 それに、映像通りの威力なら、この神殿の入口塞ぐくらい、初級魔法のフレイムボーラで事足りるもんね。


「だから吹っ飛べ、フレイムボーラぁぁぁあああああ!!」


 身体の内側から魔力が熾って、左手を銃口代わりに火球が飛び出すっ!


 飛び出す―――はずだったんですよ、ほんとうに。


 一応「ぼっ」と音がした。火は出た。

 ……出た、けど、しょぼい。圧倒的にしょぼい。

 あたしの左手から飛び出したのは、ろうそくでももうちょいマシだぞってレベルの、小さな火。

 ひょろひょろと風に流されるように漂って、岩壁に当たって消える。


 ビクともしない。

 視界の中で、岩壁から「no effect」って表示が出たんじゃないかってくらい、弱い火球。


「……あれ?」


 おっかしいなぁ。ゲームならもっとこう、バスケットボールくらいの大きな火の玉が飛んでって、若干の地形破壊くらいなら可能なんだけど。


 地形、破壊できましたか?


 ムリでしたー!!


「こりゃマズい、プランBに移行しなくては」


 なるほどわかった。プランBってのは?

 ……あ? ねぇよそんなもん!!


「なんでぇぇぇえええ完全に詰んだぁぁぁああああ!!」


 目の前の光景を、あたしのゲーム脳はこう理解した。

 おそらく魔法を強力に扱うには、体内にあるMPとはまた別に、天賦の才である魔法適性が大切なのだと。


 そういえば、ゲームに登場するキャラたちにも魔法の得意・不得意はあった気がする。

 そこから推測するに―――


 あたし、カノン・フィリアの魔法適性は、限りなく低いらしい。


 ……どうしろと??


 自分が魔法使えないなんて初めて知ったんですけど!

 だってカノンだよ!? あたしならともかくカノンならいけるじゃん! 美少女なんだし! 世界から愛された顔してるし!!


 ヤバい、マズい、魔法を使って神殿の入口を封鎖し、選定の儀そのものを遅らせてその間に本格的な対策を練ろう作戦、名付けてリーネ遅刻作戦が実行不可になった!


 かくなるうえは―――


「聖剣を……隠す!!」


 そうと決まれば即行動があたしの取り柄。

 神殿の中へと入り、長い地下階段を下って、辿り着きたるは選定の間!


 地下だってのに綺麗な水が流れてて、奥の台座には一本の剣が安置されている。

 施された細かな装飾が一見儀礼剣のようにも見えるそれは、真っ白な鞘に包まれてそこにあった。


 うわかっこいい……! 生レーヴァ=ルクスはじめて見たー!! ゲーム本編だと回想シーンで流れるあれを抜いた時のムービーのリーネがめっちゃ綺麗で、子供なのに自身が背負う未来を受け入れる覚悟の瞳をしてて名シーンなんだよ!


 もし自己犠牲エンドなんかじゃなかったら今頃沢山あのシーンのファンアート描いてたんだと思うと、感慨深いんだかムカつくんだか。


 よし―――あたしは今から、あの剣を隠す。

 そして、大好きなリーネ。その旅路の始まりをぶっ壊す。


 隠すといっても、あの剣があたしの持てる重量だといいんだけど。


 そっと黄金の柄に触れる。

 その時ふと、見たことのない光景がフラッシュバックしてきた。


 壊れた空、崩れた大地、そして、折れた聖剣を手に立つ、リーネの背中。


 何だったんだろう。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられるような、そんな不思議な感覚。

 でもそれも一瞬のことで、すぐに消えちゃった。


 でまぁ、肝心の聖剣なんだけど。


 意外と軽い、なんだこれ、こんな軽かったの?

 いやさすがに見た目以上に軽すぎないか? これ本物? 偽物じゃなくて?


「レプリカなわけないよね。だってリーネがこれを抜いてたわけだし、こうやって」


 あの瞬間のムービーと、客観視した自分が綺麗に重なる。

 世界を背負う覚悟、そんなものはあたしにはなかった。


 ……今も、多分、ない。


 白い鞘を左手で掴み、右手で黄金の柄を握る。

 確かリーネはこれをこう引っ張り上げるように抜いて―――うおっまぶしっ!?


 あれ?


 辺りを真っ白に染め上げる眩い光に思わずひるんで。

 シャァァァァ、と。剣と鞘が擦れる音は、そんな感じだったかな。

 気付いたら、あたしの目の前には聖剣の、鞘に隠れていた黄金の刃があって。


 世界の運命を背負うその剣を、あたしの手は想像以上にすんなりと、引き抜いてしまった。


「ん?」


 ン――――――!?!?!?!?


 待って、なんで? なんで聖剣抜けてんの!? どういうこと!?

 え、もしかしてリーネが先に来て抜いてた? だとしても、ゲームじゃリーネ以外装備不可のアイテムだったよね。じゃあ他の人が触っても抜けるわけないじゃん。


 は、ははーん、あれだな、さてはレプリカだな。

 聖剣の盗難防止のために、偽物をあえて安置しているんだ、きっとそうに違いない。


 おいおい聖剣を盗もうとするなんて、一体誰なんだいそんな不届き者は。


 あたしだよ!!


「ど、どどどどっ、どどどどどうしよう……これ、えっとぉ……」


 ひとまず落ち着いて、あたしは聖剣と対面する。

 やっぱ生レーヴァ=ルクスかっけぇ……刃に彫られた星のレリーフとか、刻まれたルーン文字とか、そういうの全部ゲームと一緒だ。おっと危ない、涎がルクスたんにつくところだった。


「おーい、君は本物なんですかー?」


 呼びかけても応えてくれるわけもなく、それでも何故か直感で、「これは本物」だと確信している自分がいる。


 うん、本物なんだよね。


 本物……あたしが引き抜いちゃったんだよね。


 と、とりあえず、これは鞘に戻して置いておこう。急がないとリーネが―――


 と、その時、コツ、コツ、と階段を下りてくる足音が聞こえてきた。


 まずい、選定の儀が始まる!


 あたしは咄嗟に祭壇の奥に身を隠して、中に入ってきた人物が誰かを確認する。


 リーネだった。

 彼女は白いドレスに身を包んで、祭壇へと近付いてくる。


 選定の儀は、リーネ一人で行われる。

 神殿内に入れるのは王女のみで、彼女が聖剣と共に外に出てくるか、出てこないかで儀式の成否を判断する―――と、いうのがゲーム情報。


 そもそも本来、この神殿は近付こうとすると幾重にも施された魔法が方向感覚を狂わせて迷子にさせるというギミックがある。

 だから入口がガバガバセキュリティでも、泥棒が聖剣を持ち出す心配がないんですね。


 まぁ、あたしは迷ったうえでの正解ルートを知っていたから突破しちゃったわけですが。


 さて、それはそうと、リーネの儀式を見守ろう。

 いや、見守りたくない。本当なら、今すぐにでも飛び出して、彼女が聖剣を抜かないように誘導したい。

 でもそうなったら、彼女は妖精王の伴侶だ。


 仕方ないよね、あたしが失敗しちゃったんだし。

 だからひとまず、彼女が「剣の聖女」になる前提でプランを練り直し―――


 とその時、リーネが握る聖剣の鞘が、少しだけズレているのが見えた。

 あたし、戻す時にちゃんと戻せてなかった。納刀できてない!!


 何度も見返したムービーと全く同じ表情、同じ視線、同じ動作で、リーネは聖剣の柄に触れた。

 ゲームでの隠し会話曰く、聖剣を握った瞬間、自分が選ばれたことを悟ったんだって。

 あたしは聖剣を抜けちゃったけど、そんな感覚はなかったな。


 リーネの目が、一瞬大きく見開かれた。

 あれ、あんなのムービーじゃ見たことなかったぞ?


 そう疑問に思ったのも束の間、リーネはあっさりと聖剣を引き抜いてしまう。

 ムービーと一緒。エフェクトがなかったけど、そりゃ現実に置き換えたら案外シンプルになっちゃうものか。


 リーネは片手で聖剣を握りながら、じっくりとその刀身を眺めている。

 かっこいいなぁ……公式立ち絵より良くない??


 特にあの純白のドレス。

 あたし的には、この儀式の成否によって、世界の伴侶となるか、妖精王の伴侶となるか、そのどちらかが決まるからこその白い衣装なんだと勝手に考察してんだけどね。


 聖剣の振り心地を少し確認して、リーネはそれを鞘に納めた。

 カチ、と音がして、淡く輝く黄金の刀身が姿を隠す。


 あとは振り返って、神殿の外に出るだけなんだけど……


 リーネは立ち止まって、もう一度聖剣を抜こうとした。

 今度は……抜けない。


「……やっぱり、そうですか」


 諦めが滲むリーネの声に心が痛む。


 そして今、確信した。

 あたし―――どうやら取り返しのつかないことをしてしまったみたい。


 リーネが階段を上っていって、足音が消えてから姿を現す。

 聖剣のあった祭壇は空で、リーネが持っていってしまった。


 どうしよう。

 あたしは自分の愚かな行いを振り返って、頭を抱えて蹲った。


「あたし、聖剣抜いちゃった……」


 推しが笑って暮らせる未来をつくるための、カノン・フィリアのリーネフォルテ幸せ計画。

 行き当たりばったりで実行された計画は、どうやら致命的なミスと共に、思いもよらない方向に転がってしまいそうです。


「あたしが聖女とか……ムリなんですけど!?」


 神様―――まさかあんた、推しの自己犠牲を救うために、あたしに犠牲になれって言ってる?

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