正史の春雲華音

私は春雲華音、現在イラストレーターとして活躍中。


高校時代にとある事件がきっかけで大好きだった石ノ上君との関係が壊れてしまった。


石ノ上君とは何度も話す機会があったにも関わらず、私はイラストレーターとして大成するために彼を避けてしまった。


そのことにより私は彼を傷つけ、先日自室で亡くなっていることをニュースで知った。


その日私は家の自室で大泣きしてしまった。


「私が……ちゃんと石ノ上君の話を……ちゃんと聞いてあげていれば……あの証拠が石ノ上君を貶めるための嘘の証拠だって知っていれば……」


もう私は後戻りできない状況に陥っていた。


マネージャーの宇治は高校の頃の同級生で、何度も肉体関係を迫られたことがある。


私は丁重にお断りしていたけど、その度に怒号を浴びせられていた。


そして、何度も宇治と縁を切ろうと試みるも『縁を切ったらお前が虐めに加担していたと嘘の情報をばら撒くぞ!』と脅迫されていた。


初めての相手は石ノ上君がいい、もし電話番号が変わっていなければいつか石ノ上君としっかり話し合って和解したい。


石ノ上君の書く小説が好きだった、石ノ上君の優しくて思いやりのある紳士的なところが好きだった。


私はそれ以前に彼を傷つけてしまったショックで筆が進まなくなり、仕事の依頼も配信もパタリと止めてしまった。


そのことにより宇治から怒鳴られることもあったけどそれでも私はもう何もかもが嫌になってしまった。


いつかは二人でラノベを出そうと約束までしていたのに、どこで拗れてしまったんだろう。


戻りたい、あの頃に。


関係が拗れる前のあの頃に。


「神様、もし本当に実在するのであれば私と石ノ上君との関係が壊れないでいいように過去を改変させてください」


私は両手を握り涙を流しながら神頼みをする。


「石ノ上君の隣でイラストを描かないなら私は筆を折ってもいい。彼のいない世界でいるなんて耐えられません……どうか神様……」


神様は私の願いを叶えてはくれないようだ。


もしかしたらこの世に神様はいないのかもしれない。


存在するのであれば石ノ上君がどん底に突き落とされるはずがない。


少しでも彼を信じて救いの手を伸ばしてさえいれば……それをしなかった私は自分が許せない。


「もしもしマネージャー?私イラストレーター辞めます」


『はぁ?そんなこと許すわけないだろ!嘘の情報ばら撒いてお前の人生崩壊させるぞ!』


「どうぞご自由に、今配信中だし通話内容も録音してるからその辺も覚悟していてください」


『おい!待てよクソが!……』


私は勢いに任せて通話を切る。


「この通り私はマネージャーに脅迫されていました。みなさん、先ほど申し上げたように本日をもってイラストレーターを辞めさせていただきます。私のイラストを楽しみにしていた方々には大変申し訳ございませんが、これ以上は心が持ちそうにありません……」


コメント欄は『よく勇気を出してくれた!』『マネージャーマジでクズ!さっさと死ね!』『華音さんを脅迫とかヤ○ザかよ?』『マネージャーがブラック企業の上司みたいで草』『華音さんゆっくり休んでください!いつでも待ってます!』と並んでいた。


「今まで私はこんなにも皆さんに愛されていたんだなと実感することができました!でも、今だからこそ言います!私は高校の頃から好きだった人がいました!その人はマネージャーの策略により人生崩壊させられ、先日亡くなってしまいました……私がイラストを……つづっ……けられなくなった……うぅっ、理由は以下の通りです……こんな私を応援してくれて……愛してくれてありがとうございました……」


私は溢れる涙を抑えきれず、呂律もうまく回らなかった。


『好きな人が亡くなったとか俺だったら自○してるよ』『俺なんかモテたこともないけど同じ境遇に立ったらそうなるかも……』『華音さんマジ可哀想』とコメントが並ぶ。


私はお別れの挨拶をそのまま済ませ、スマホを確認すると通知が来ていた。


内容は"イラストレーター、マネージャーに脅迫されていた"とネットニュースにもなっていた。


SNSのトレンドには"春雲華音のマネージャー、脱税、脅迫、横領、殺人教唆疑惑により緊急逮捕"と書かれていた。


こんなことになっても石ノ上君は生き返らない。


でも、明日は石ノ上君の家族に謝りに行こう。


許してもらえなくても、たとえ唾を吐きかけられようとも何度も謝りに行こう。


「石ノ上君、今更だけどごめんなさい……ずっと前からこうするべきだった……本当にごめんなさい……こんなことしたって、もうあなたはいないのに……」

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