第一章:牡丹灯籠の世界
その夜――彼らが物語の改変を行うのは、高校の文化部が使っていた、今は空き部屋となっている教室だった。窓には光が漏れないよう目張りが施され、昼間でも薄暗い。
今回のターゲットは、古典怪談『牡丹灯籠』。
あらすじは、浪人である萩原新三郎は、盆の夜、牡丹灯籠を持った美女、お露と出会い、深く愛し合います。
しかし、お露の正体は、既に亡くなっていた旗本家の娘の幽霊でした。二人の逢瀬によって新三郎は次第に衰弱し、高僧の助けで家の戸にお札の結界を貼り、お露の侵入を防ぎます。
幽霊のお露は、新三郎の家の使用人である伴蔵とお峰の夫婦を大金で買収します。金に目がくらんだ伴蔵夫婦は、裏切ってお札を剥がし、結界を破ってしまいます。
結界が解けたことでお露は新三郎の寝所に再び現れ、新三郎は精気を吸い尽くされて殺され、白骨を抱いた姿で発見されます。
「計画はシンプルだ。新三郎が貼ったお札の結界を、絶対に出ないように説得する」ミカが言った。
「ミカさん、それだけでなく、伴蔵と妻のお峰が、幽霊に金を掴まされてお札を剥がすのを阻止しなきゃいけませんよ。あと、海音如来像のすり替えも阻止です」とテンマが付け加える。
「ちょ、ヤバっ!それも忘れたらマジでダメっしょ!」と焦るミカに、「やっぱ、怖くて作戦が雑になってるんじゃないの?」と笑うマイコ。
「うっさい、行くよ!マジで巻きでいくし!」
三人は机の上に広げた古びた『牡丹灯籠』の文庫本に手を重ねる。ミカが能力を発動させると、本から発する光が三人を包み込み、次の瞬間、彼らは物語の世界に立っていた。
彼らが持つ【
そのため、物語の登場人物には、物理的な接触がない限り彼らは認識されない。基本的に彼らは、無理やり物語を改変するのではなく、登場人物に訴えかけ、自発的な行動変更を促すことで結末を変えようとしていた。
そこは、新三郎の家の外。時間は夜。 家の戸には、お寺の和尚にもらった
「カランコロン、カランコロン……」
下駄の音と共に、牡丹灯籠を下げたお米の亡霊が、その背後にお露の亡霊が現れた。悲しげな声が、結界の中の新三郎に届く。
「しんざぶろーさまー……お入りなさいまし……」
「くっ……お露……! 私は君を愛しているんだ……!」
中の新三郎が苦悶の声を上げるのが聞こえた。
「ひっ、マジ幽霊じゃん……」とビビるミカ。
「早く説得だよ、ミカ!」
「わ、わかってるし!」
ミカは震える手を抑え、意を決して扉の前に立つ新三郎に向かって叫んだ。もちろん、新三郎には「謎の声」としてしか聞こえない。
「ちょ、ちょっと待って、あんた! 騙されんな!」
「なんだ、今の声は……?」新三郎が耳を澄ます。
「お露はもう死んでるんだ! あんたを生かすためのお札だろ! お札を剥がして出たら殺されるって和尚に言われただろ! お、お露も!死んでるのに生きてる彼氏を連れて行こうとすんな!」
「ちくしょー! あたし幽霊とかホント無理!」ミカは顔を背けながら叫ぶ。
「そ、そうだ、先に幽霊に唆された伴蔵と妻のお峰の説得を先にしよう!」と、ミカは半ば逃げるように提案した。
「まあ、ミカもビビってるし、仕方ないか」と少し馬鹿にした感じのマイコに、「ビビってねーし!」とミカが強がって噛みつく。
「ここで時間をかけても仕方ないですし、伴蔵の家に向かいましょうか」テンマが冷静に仲裁した。
物語に正確な住所が書いていないため、三人はまず手がかりを探す必要があった。
「マジで、住所とか書いてないとか、昔話エグすぎっしょ! GPSもないし、どうやって探すわけ?」
ミカはスマホをタップする癖が出たが、物語の世界でそんなものは使えない。
「落ち着いてミカさん。『牡丹灯籠』は実際の地名がモデルになっている部分もあるはずです。伴蔵は新三郎の家の近隣の貧しい長屋に住んでいるはず。新三郎の家が大きな屋敷ですから、そこから推測しましょう」
テンマは冷静に周囲を観察し、地形や建物の配置から推測を始めた。
「要は、貧乏そうな家が密集してるところ探せばいいんでしょ? チョー簡単じゃん」
マイコは楽しそうに、新三郎の屋敷とは反対側の裏道へと進んでいく。
多少の苦労はあったものの、探偵役のテンマとマイコの勘が功を奏し、三人は無事に目的の伴蔵とお峰が住む長屋を見つけ出すことができた。
その時、長屋の家の裏手から、サングラスをした黒いスーツ姿の男が姿を現した。
「そこまでだ、物語の改変者たち! 私は図書秩序維持組織(テロス)、3等監察官のスズキだ!いくら著作権の切れた古い作品だとしても無秩序な改変は許さんぞ!」
いかにも役人で神経質そうな顔の男がミカ達の前に立ちふさがった。
「わっ!? マジありえないし! 著作権の切れた物語には滅多に来ないのに……今日のあたし、チョー運が悪すぎっしょ!」
「物語の結末は、これまでの歴史と秩序によって守られなければならない! 萩原新三郎は、結末通り、お露に殺されなければならないのだ!」
「冗談抜きで無理っしょ! バッドエンドなんてまっぴらだし!」
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