GEM グッドエンディングマニア 牡丹灯籠編

しわす五一

序章:幸福中毒者たち

「――だからさー、心中って、どう考えてもバッドエンディングっしょ!」


ミカはスマホの画面をタップしながら、いつものファストフード店の硬い椅子の上で、不機嫌そうに唇を尖らせた。


ルーズソックスに短いスカート、髪は茶色に染めた、見た目はいかにも恋愛に憧れる純情なギャル……だが、その派手な外見とは裏腹に、根は人見知りで、賑やかな場所や恋愛の駆け引きは苦手な陰キャだ。


その瞳の奥にはいつも拭いきれない影がある。それがミカだった。


今のギャル語も、自分を強く見せるための武装であり、設定だ。時々使い方が間違っているのはご愛嬌である。


向かいに座るマイコは、フライドポテトを頬張りながら、ミカとは正反対の意見を述べた。


「えー、そう思わないなー。愛する人と一緒になれないまま、一人でさみしく生きてく方が、よっぽど地獄じゃん? 愛がピークのまま、『この世で添い遂げられなかった二人』って語り継がれる方が、よっぽどロマンチックなグッドエンドだと思いますけどぉ」


マイコは童顔で一見幼く見えるが、ミカよりもずっと大人びた価値観を持つ、ミカの悪友だ。どこか小悪魔的な雰囲気があり、他人の感情の機微を楽しむような目つきをしている。


「二人とも死なずに生きるのもグッドだし、二人とも一緒になれないなら、一緒に死ぬ悲哀もグッドエンド。どっちもアリでしょ」


二人の論争を、分厚い眼鏡をかけたテンマが、レモネードを飲みながら真面目な顔で聞いていた。彼は真面目で、見た目はいかついけれど、根は優しく頼れる仲間だ。


「僕だって、二人とも生きる道を探してあげるのが、一番の理想だとは思っていますよ。でも、物語の構成上、それが絶対に不可能な場合もありますからね。その時は、愛の成就という点においては、死こそが永遠のグッドエンドになりうる……そう思いませんか、ミカさん」


「うー、テンマまでマイの味方すんなし! 命あってのグッドエンディングだっつーの!」


彼女たちは自他ともに認める物語のハッピーエンド、グッドエンドしか認めない同好会「グッドエンディングマニア」、略して「GEM」だった。


現実はバッドエンドに満ち溢れすぎている。だから、せめてフィクションくらいは幸せな終わり方でいいだろう。悲劇的な物語の「もしも」のハッピーエンドを語り合い、彼らはこの同好会を結成した。


そして、その理想を現実に変える力を、ミカは手に入れてしまった。物語を編集する異能の能力、【編集者エディター】の力。ミカのそばにいる限り、マイコとテンマもその能力を共有し、物語の世界に入り物語を改変することができる。


この能力を持ってからミカ達は知ったのだが、物語の結末を改変しようとする能力者は他にもたくさんいたのだ。


物語を勝手に改変する者たち、そしてそれを阻止しようとする者たち――ミカが能力を手に入れた理由やその能力の詳細については、今後機会があれば説明されるだろう。


「で、結局、今回の改変はどのお話にするんですか?」テンマが話題を切り替えた。


「もちろん、アレだよ。『牡丹灯籠』。幽霊に取り殺される男を助け出して、ハッピーエンドにしてやる!」ミカは決意の表情を浮かべた。


「おーっと、ミカさん、幽霊は苦手って言ってませんでしたっけ?」マイコがニヤニヤしながらミカの顔を覗き込む。


「はっ、な、何言ってんの! あたしはグッドエンディングマニアのリーダーだよ? 愛と幸せのためなら、幽霊とか、恐怖心とか、編集して上書きしちゃうから! それに、テンマとマイが一緒じゃん。二人とも、あたしをビビらせないように、しっかりサポートしてよね!」


そう言って、ミカは勢いよく拳を握り、二人に笑いかけた。

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