第10話 遭遇 (3)
「薬師寺さんは外の方ですよね?」
「はい、私は神奈川の大学で
やはり彼は外の人間だった。獄中都市で首輪を付けていない人間と会ったのは初めてだ。
「民俗学って何?」
清水は横にいる成瀬に小声で質問する。薬師寺の耳にも届いたようで、彼がそのまま答えた。
「簡単に言うと、その地域の伝承や文化を後世に残すためにまとめ直す、みたいな感じですかね」
本人に聞かれてしまった事が恥ずかしかった。清水は赤くなる頬を隠すように下を向いた。
「この地域にも何か伝承があるんですか?」
清水の気持ちを知ってか知らずか、成瀬が話題を切り替える。
「はい。今は廃村になりましたが、この獄中都市ができる前に集落があったんです。村には古くから伝わる伝承があったので、フィールドワークに出ようと、この島にやって来ました」
元からいた受刑者と違い、薬師寺は偶然このタイミングで訪れただけのようだ。運が悪いとしか言いようがない。
成瀬は薬師寺に残された時間の事やシーズウィルス、ゾンビについて詳しく話した。
「そんな…」
薬師寺は腕時計を見た。時計は十五時をまわったところだった。
「あと、二十六時間くらいですか…」
「そうです。残された時間は少ないですが、私は最後まで抗いたいと思っています」
薬師寺も力強く頷いた。
「私もです。このまま死ぬなんてご免です」
只野が缶詰に手をつけた。それを皮切りに他の者も手を伸ばし始める。湯村の腕を気遣って薬師寺が缶詰の蓋を開けた。
清水も水を飲んで胃が動き出したからか食欲が湧いていた。
あんな惨状を見たばかりなのに身体とは不思議なものである。
清水も缶詰に手を伸ばす。隣の成瀬の開け方を真似て缶の蓋を開ける。
中には缶詰いっぱいにパンが詰められていた。パンを取り出すと、そのまま口に運んだ。
思ったより美味しかった。どんどん食べ進み、あっという間に平らげてしまった。
もう少し食べたかったが、全員おかわりをしないので、清水も
パンを食べながら成瀬が只野に尋ねた。
「そういえば本の方はどうでした?何か手がかりになりそうなものはありましたか?」
「いや、特にそれらしい情報は無かったです」
「そうですか」
ネットの中に無い情報が本に残っているとは考えにくい。
望み薄ではあったが、只野達の方も空振りだったようだ。
「では、さっきパソコンで調べた事を共有させてください。最初に話しておくと、ワクチン自体はまだ発表されていませんでした。でも、あのゾンビ化を防ぐ手がかりはあるかもしれません」
皆が聞く態勢を整えると、成瀬はメモ用紙を見ながら話し始めた。
「虹色研究会の名でシーズウィルスを用いた医療技術が発見できたと発表されていました。そして、その虹色研究会のメンバーは五名。一人目は、
ワクチンという単語に思わず反応するが、赤間がこの世にいないのでは話を聞く事はできない。
「二人目は、
成瀬は一息ついて、言葉を続けた。
「最後に研究会設立者の
思わず目を見開く。
まさか虹色研究会の設立者が獄中大学に在籍しているとは思わなかった。
だが、黒岩の名前は聞いた事がない。恐らく専門科目を担当しているのだろう。
それにしても何故こんな辺境の地にいるのだろうか。
いや、そんな事は今はどうでもいい。
黒岩ならシーズウィルスについて誰よりも詳しく知っているはずだ。
「これ以上ない話でしょう。シーズウィルス研究の第一人者がこの島にいるんです。彼なら何か知っているかもしれない」
「待って。さっき新聞には虹色研究会は五人いるってあったけど」
清水は成瀬の話に異を唱えた。
「ああ、五人目は
この島に黒岩康正がいるだけでも希望がある。
あとは彼が無事生きている事を祈るしかない。
「私は黒岩先生を探しに獄中大学に向かおうと思います」
講師であれば、この時間は大学にいるはずだ。大学は獄中都市の中でも建物としては大きい方だ。運が良ければ、ゾンビから避難できているかもしれない。
成瀬の提案に反対する者は誰もいなかった。
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