第7話

マグナギアで市場を掴め

 ボルゾイ男爵の一件以来、私たちの事務所には平和が戻っていた。

 というより、むしろ賑やかになりすぎていた。

「んぐ、んぐ……。あー、うめぇ。やっぱこれだ、これ」

 事務所のソファで、一国の王がどんぶり飯をかきこんでいる。

 獣王レオだ。

 彼はゴルド商会のルートで手に入れた「極東の米(のような穀物)」と、魔獣肉で作った「なんちゃって牛丼」に涙していた。

「陛下、食べに来るのはいいですけど、仕事は?」

「休憩中だ。それに、俺はスポンサーとして事業の進捗を確認する義務がある」

 レオは箸を綺麗に置き(マナーが完璧だ)、真剣な顔で私に向き直った。

「で、だ。リーザの知名度は上がった。次はどうする? 単にライブを増やすだけじゃ、頭打ちになるぞ」

 さすが元サラリーマン。痛いところを突いてくる。

 私はテーブルの上に、ドンとある物体を置いた。

「だから、次は『物』を売るわ。それも、この国で今一番ホットな市場にね」

 私が置いたのは、全高三十センチほどの精巧な関節人形。

 ルミナス帝国で爆発的流行を見せている魔導玩具、『マグナギア』だ。

「マグナギアか。確かに流行ってるが……これがアイドルとどう関係ある?」

「マグナギアの魅力は『カスタマイズ』よ。武骨な騎士や魔獣のパーツが主流だけど……ここに『可愛さ』という概念を持ち込むの」

 私は試作品を取り出した。

 それは、リーザの衣装を模したフリル付きの装甲パーツと、デフォルメされたリーザの顔パーツ、そして武器の代わりに持たせる「マイク」だ。

「名付けて『アイドル・カスタムセット』。これを既存の素体に組み込めば、無骨な鉄の人形が、戦うアイドルに早変わりよ!」

 横で聞いていたニャングルが、半信半疑で首をかしげる。

「スカーレット様、アイデアはおもろいですが……マグナギアの主な客層は、男のドワーフや魔族のマニアでっせ? そんなフリフリなもん、欲しがりますやろか?」

「甘いわね、ニャングル。男というのはね、基本的には『強さ』を求めるけれど、同時に『守りたい可愛さ』にも弱いのよ」

「そ、そうでっか……?」

 まだ納得していないニャングルをよそに、レオがニヤリと口角を上げた。

「なるほどな。『ギャップ萌え』か。鉄と油の匂いがする戦場で、けなげに歌うアイドル……。刺さる奴には死ぬほど刺さるぞ、これは」

「わかってらっしゃる。さすが陛下」

 私とレオは顔を見合わせて笑った。

 だが、ここからが本題だ。

「ただ売るだけじゃ面白くない。……レオ、貴方なら『あのシステム』を知ってるわよね?」

「あのシステム……?」

 レオは少し考え込み、ハッとして顔を上げた。

 その瞳に、悪戯っ子のような――いや、悪徳商人のような光が宿る。

「おいおい、スカーレット。まさかお前……『ガチャ』をやる気か?」

「ご名答」

 私が指を鳴らすと、レオは楽しそうにソファの背もたれに体重を預けた。

「えげつねぇなぁ。前世でどれだけ搾取されたんだ?」

「三十万溶かして、推しのSSRが出なかったことがあるわ」

「俺は給料全部突っ込んで、家賃が払えなくなったことがある」

 私たちは「ふっ」と遠い目をして笑い合った。

 その背中に漂う哀愁と黒いオーラに、ニャングルとリーザが「ひぃっ」と身を寄せ合っている。

「ニャングル。商品を中身の見えない箱に入れなさい。そして、こう宣伝するの。『百個に一個、リーザの直筆サイン入り・限定ゴールドカラーパーツが入っている』と」

「そ、そないなことしたら……みんな目の色変えて買い漁りますやん!」

「それが狙いだ」

 レオが補足する。

「いいかニャングル。人は『欲しいもの』を買う時より、『当たり』を引く瞬間の快感に金を払うんだ。射幸心を煽れ。コンプリート特典もつけろ」

「あくどい……! アンタら二人、ホンマに悪魔や……!」

 ニャングルは震えながらも、その手は高速で算盤を弾き、莫大な利益予測を叩き出していた。

 ◇

 数日後。ゴルド商会の店頭は地獄絵図と化していた。

「おい! Cセットしか出ねぇぞ! Aセットが出るまで回させろ!」

「俺の嫁(リーザ仕様ギア)のためだ……金ならある! 全部寄越せ!」

 屈強なドワーフや、怪しげなローブを纏った魔族たちが、小さな箱を求めて長蛇の列を作っている。

 中には、穏健派の魔族貴公子ルーベンスの姿もあったとか、なかったとか。

 事務所の窓からその光景を見下ろしながら、私とレオはグラス(中身は麦茶)を傾けていた。

「大成功だな。初期ロットは完売。追加生産が追いつかないそうだ」

「ええ。これで次のライブの資金も潤沢に確保できたわ」

 順風満帆。

 計画通りに進むビジネスに、私は満足感を得ていた。

 けれど、レオは窓の外ではなく、私の顔をじっと見つめていた。

「……なぁ、スカーレット」

「何?」

「お前とこうして、あーだこーだと悪巧みしてる時間……俺、嫌いじゃないぜ」

 不意に投げかけられた言葉に、私が持っていたグラスがカチャリと揺れる。

 レオは照れる様子もなく、真っ直ぐな瞳で続けてくる。

「こっちの世界に来てから、ずっと孤独だった。言葉は通じても、話が通じない奴ばかりでな。……でも、お前とは『共犯者』になれる気がする」

「共犯者、ね……」

 人聞きの悪い言葉だけど、不思議と嫌じゃなかった。

 前世の記憶という秘密を共有し、同じ目線で世界を見られる相手。

 それは、恋人よりもある意味で深く、得難い関係なのかもしれない。

「……私もよ、レオ。貴方がいてくれてよかった」

 私が素直に答えると、レオは嬉しそうに目を細め、大きな手で私の髪をクシャリと撫でた。

「そう言ってもらえて光栄だ。……じゃあ、共犯者ついでに頼みがあるんだが」

「何?」

「今度の休み、新商品の市場調査と称して……俺と街に出ないか? ほら、美味い屋台があるって聞いたんだが、一人じゃ行きづらくてな」

 それって、つまり。

 デート、のお誘い?

 私は熱くなりそうな頬を意識的に抑え込み、ニヤリと不敵に笑って見せた。

「いいわよ。その代わり、領収書は『交際費』で落とさせてもらうわね」

「ハハッ! 抜け目ないな、相棒!」

 マグナギアのパーツが飛ぶように売れる下で、私たちの距離もまた、知らず知らずのうちに縮まっていた。

 だが、そんな私たちの背後で、新たな、そして最大級のトラブルの種が芽吹きつつあった。

 海を越えて届いたリーザの噂が、とうとう「最強の過保護ママ」の耳に入ってしまったのだ。

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