きみに触れた夕暮れ

@Aoba1712

第1話

校舎の裏にある小さな中庭は、いつも静かで、陽奈(ひな)の秘密の場所だった。

中学二年になってから、友達との距離の取り方が少し分からなくなってしまい、昼休みはいつもここに逃げてきていた。

その日もベンチに座って風に揺れる木の影を見ていると、誰かの気配がした。

「あ、いた。やっぱりここだと思った。」

息を弾ませていたのは、同じクラスの蒼太(そうた)だった。

明るくて、運動神経もよくて、どこか太陽みたいな人。

陽奈は少しだけ戸惑った。

「蒼太くん、どうしたの?」

「えっと、これ、渡したくて。」

彼が差し出したのは、薄い青の付箋がついたノート。

陽奈が昨日うっかり置き忘れたものだ。

「あ、ありがとうごめん、わざわざ。」

「いいよ。同じクラスだし。それに——」

蒼太は一度息を整え、ゆっくり言葉を続けた。

「陽奈が、ここにいるって気づいたのたぶん俺だけなんだと思う。」

胸が少しだけ熱くなる。

蒼太は照れくさそうに笑いながら、ベンチの隣に座った。

「最近さ、陽奈ずっと一人でいることが多いから、気になってた。」

「なんで?」

「だって好きな子が元気ないと、気づくでしょ。」

その一言が、夕暮れよりも赤く心を染めた。

陽奈は言葉が出なくて、代わりに小さく呼吸だけが震えた。

沈黙を破ったのは、蒼太だった。

「無理に答えなくていいよ。嫌だったり、困ったりしたら言って。」

「嫌じゃない。むしろ嬉しい。」

陽奈がそう言うと、蒼太の目が驚いたように丸くなった。

「じゃあさ。」

蒼太はゆっくり手を伸ばし、陽奈の指先にそっと触れた。

ほんの少しだけ触れただけなのに、心臓が落ち着かなくなる。

「これからは、一人でいたくなった時は、俺も隣にいていい?」

風がやさしく吹いて、木々の影が揺れた。

陽奈は少し迷って、でも確かにうなずいた。

「うん。」

その瞬間、夕陽が二人の間に柔らかく差し込み、

触れた指先はまだ、温かいままだった。

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