[脱稿版/ユーチューブ朗読掲載版]熊野古道―東京・不老不死ダンジョン蹂躙行 ~トレジャーハンター・リョウ~
海月くらげ
―― オープニング。隠れキリシタンの経文
朽ちた細い丸太がいくつも洞窟の天井を支えて奥につづいている。
木々の根っこが垂れ下がる。
「心もとないね」
表情をしかめる。
「おっさんもほかの連中とおんなじで不法入国した感じ?」
「小僧、関係ない。行く、行く」
「なるほど」
「さっさと、進む」
リョウは、チラと、うしろのひげ
リョウの量子マシンにコールがかかってきた。
頭に、直接、声がひびく。
――マスター。探索の様子はどうですか。
――いま、洞窟に入ったところだ。こいつは、どうやら不法移民だな。
――そちらに向かいましょうか。
――大丈夫。ちゃんと定期メンテを受けろ。
――はい、マスター。
――
――これといって。AIのマイナー・バージョンがひとつ上がっていました。
――そうなのか。じゃあ、もどってきたら、感情機能をフルチェックしてみよう。
――うれしいです。マスター。がんばります。
「なに、ビビてるね」
アフメト・デミルは黒髪の少年に腕をあおいで奥へ奥へと指ししめす。
「別に奥に進むのをためらってるワケじゃないけどさ」
ハントスーツを着こんだ少年は肩をすくめる。
「隠れキリシタンの
「おカネ、いぱい、売れるね」
「差別された者たちの
木の根のあいだから光の柱が斜めに差し込む。
「天井がヤバいな」
リョウは親指を立てて天井をツンツンする。
「ここを掘り進んだころは、木の根がここまで伸びてくるとは考えてなかったんだろうな」
「アッラーのご加護ね。まだ、だいじょぶ」
「アッラーが善人なら、遺跡のお宝は、そっとしておくぜ。おっさん」
「
依頼主はキツい視線をリョウにむける。
典型的な中東系の顔立ちは、ほりが深い。
「小僧、だまる。大人、言うこと聞く」
「じゃ、洞窟の歩きかた
リョウは、もう一度、肩をすくめる。
一歩、踏みだす。
黒いハントスーツが陽の柱を受けてコントラストをかえる。
リョウは石畳の手前で立ち止まる。
「行く」
ひげ面の三十代の男はやたらとせかしてくる。
「ぐずぐずする」
「トラップだよ。おっさん」
作業着がうしろに跳びのく。
リョウが、ちょんと石畳の上をブーツのつま先でタップする。
石畳の先が、がばっと割れる。
穴底には、さびた
「ラァヤアィッ!」
底には片目から
アフメトは尻もちをつく。
リョウは左腕に装備したアンカーふるう。
太い根っこにワイヤーをからませる。
落とし穴の向こうにターザンジャンプで降り立った。
「ひとり占め! いくない!」
「ほら」
リョウはロープを放ってやる。
ロープの端は天井の太い根っこに引っかけ、結びつける。
アフメトは、なんとか落とし穴を渡りきる。
渡っている最中に落とし穴のふたが閉まりはじめた。
「ふーん。向こうにあった小川から水を引いて、動かしてるんだな……」
「先に行く。先に行く」
アフメトは少年をせかす。
「あせるとハゲるぞ。おっさん」
すこし進む。
また石畳がある。
「まただ。ワンパターンだな」
リョウはかがみこむ。
視線は両脇の壁に交互にいきかう。
「こんどは槍か? 矢か?」
丸太のあいだの仕掛けを陽の柱が照らす。
リョウは朽ちた木の根っこをひろう。
ちょんと石畳を押す。
ごりっと音がして、丸太のあいだから、さびた槍が飛び出る。
黒髪の前を
手から根っこを串刺しにして、かっさらう。
槍が突き立った根っこが反対側の壁に跳ね返る。
リョウの視線は中央の丸い石畳に吸いつけられる。
周囲にかたちを保った
「これは、やめとくか……」
ふりかえる。
「石畳をさけて、土を踏むんだ。行くぞ。おっさん」
ひげ面は冷や汗でびっしょりだ。
しばらく進むと木の根のカーテンが広い部屋と通路を仕切っている。
「おっと」
部屋の奥に
朽ちている。
手前の祭壇に黒い箱がある。
台所のトースターほどの大きさだ。
「罠。行く。行く」
「ちゃんと取ってくるって」
左腕のアンカーを天井の太い根っこにからませて一気に祭壇の手前まで跳ぶ。
「ここにはトラップはないみたいだぜ」
デミルはカーテンの手前でジリジリしている。
リョウは慎重に黒い千両箱をあける。
[
ふたたびフタを閉める。
「オッケー、おっさん」
リョウは黒い箱をわきに抱える。
「戻るぞ」
「わたす。わたす」
「結構、重いぜ?」
リョウは、なんの苦労もなしに木の根のカーテンに戻ってくる。
「年寄りにはキツくないか、おっさん」
「小僧は、大人、いうこと聞く」
「ま、持ってくれるってんなら、ほらよ」
ひげ面がよろこびで
デミルはすぐにふりかえり、いま来た洞窟を駆けだした。
「おい。危ないって、おっさん」
アフマトの足が
千両箱を抱えたまま、なんとかかがみこんで踏みとどまる。
水の音がする。
リョウがふりむくと奥の聖母マリア観音が怒りの表情で手前に倒れるところだった。
マリア像の奥から水が噴き出る。
「なるほど。こうなってたんだ」
リョウは感心の表情だ。
「で、あの落とし穴の仕掛けに、また、水をためると」
ひげ面は悲鳴をあげて逃げだした。
「よくできてるね」
リョウも出口に向けて走りだす。
デミルはこわばった顔で槍の石畳をぴょんぴょん越える。
リョウが追いつく。
後ろから泥水が迫ってくる。
アフマトはターザンジャンプで落とし穴を越える。
ロープを手にニヤリと少年にふりかえる。
ナイフでロープを切り落とす。
ロープは落とし穴のドクロの上にヘビのようにからみつく。
「なんのマネだい? おっさん」
「仏教も、キリスト教も、滅ぼすのがアッラーの教えね」
ひげ面が満面の笑みをたたえる。
「そりゃ、仏教とキリスト教のちゃんぽんじゃないのか?」
あきれ顔で千両箱を指さす。
「これを売る! バカが買う!」
千両箱を高くかかげる。
「東京マラソンの爆破資金、できたね!」
表情が絶頂感でパンパンだ。
「
リョウは足元の丸い石畳にかかとをのせる。
ゴリゴリと壁の中で音がする。
「おっと、悪りぃ、おっさん」
リョウは両手をひろげて、かかげる。
「罠、ふんじまった」
手をピラピラする。
「小僧、そこで
アフマトが出口にふりむき駆けだす。
さえぎるように壁の丸太が数本くずれる。
透明なクラゲが壁のなかからはい出してきた。
ふわふわと浮遊する。
「ありゃりゃ、やっぱ、いたか」
おとな用の傘を広げたような大きさだ。
「
透明な傘のなかで緑色のマリモの粒がうごめく。
何本もの触手がアフマトにからみつく。
皮膚と作業着が白い煙をあげる。
「うあぁぁぁ、ああぁっ!」
リョウのほうに片手をのばす。
「た、たすけ……」
リョウは肩をすくめる。
自然とくちびるの片端がもちあがる。
しめつけられた男の作業着や身体が透明に侵食されていく。
あばらのなかでうごめく肺や心臓が透けて見える。
ごきりと音がする。
ひげ面は崩れおちた。
ガラスのようなあばらが身体を突き破る。
リョウは左腕のアンカーをシーディ・クリーチャーに撃ちこんだ。
傘の頂点にひとまわり大きいマリモ器官がうごめく。
コアは青白く燐光をはなち
「
槍のような鉄の棒がアンカーから飛びだした。
青いマリモをつらぬく。
巨大クラゲは、ビクビク、
ひげ面を抱え込んだまま地上に叩きつけられた。
緑のマリモを周囲にぶちまける。
リョウはアンカーのワイヤーを巻きもどす。
もう一度、アンカーを天井の太い根っこにからませる。
間一髪で落とし穴の向こうに跳びすさった。
泥水の渦が落とし穴に
泥水の滝がさびた刃をあらう。
がこがこと
リョウは半分クリーチャーと一体化した依頼者にかがみこむ。
「
十字を切る。
「おっさんとこは、こうするんだっけ?」
作業着のポケットをさぐる。
資料スティックをつまみだす。
手のひらで、なでる。
「パンフレットか」
リョウの胸の前に四角いホロイメージが立ちあがる。
落とし穴に吸い込まれる怒涛の泥水をバックに文字が浮かび上がる。
「なるほど。さらに軍資金かせぎってことね」
大企業のトレジャーハント応募要項だ
「
ホロ
「これに応募しようとして横取りを計画したんだな」
半分透明になったテロリストを見下ろす。
「実力第一の世界なのに、アホだな。おっさん」
リョウはシスター・マリアに通信回線をつなぐ。
こちらのマリアは、やわらかい口調が頭のなかにひびく。
――探索はいかがですか。
――もう終わった。
――さすがです。
――さて、メンテが終わったら、これから言う住所に、小型ミサイルを撃ちこんでくれ。
――緊急案件ですか?
――いや、この住所にひとが集まっているときがいい。たぶん、イスラム教のモスクだ。
リョウは男のポケットをまさぐる。
――この住所は
――あ~、
リョウは呆れた表情で洞窟の天井をあおぐ。
――なるほどね。だから、自信満々、捕まるわけないって態度だったわけだ。
――どういたしますか?
――警察署にも同時刻、撃ちこんでおいてくれ。
――わかりました。二発ですね。
――じゃ、たのむ。戻ったら、つぎの仕事のネタを見せるぞ。
――はい、たのしみです。
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