第3話:スラム街の修理屋と銀の公爵令嬢(3/3)
「止まれ! 貴様ら、何者だ!」
大昇降機のゲート前。
立ち塞がったのは、王都警備隊の制服を着た衛兵たちだった。
スラムから上層へ行くには、厳重なIDチェックと通行料が必要になる。特に最近は治安維持とかいう名目で、下層民の移動制限が厳しくなっていた。
「クロノ・ギアハルトだ。……こっちは連れのお嬢様だ」
「あぁ? ギアハルト……ああ、あの変人修理屋か」
衛兵の一人が俺の顔を見て、嘲るような笑みを浮かべる。どうやら俺の悪名はここでも轟いているらしい。
彼は俺の背後にいるシルヴィアを見て、眉をひそめた。
「おいおい、なんだその汚れたガキは。スラムの売春婦か? 上層へ連れ込むのは禁止だぞ」
「なっ……! 無礼者!」
シルヴィアが激昂し、前に出た。
泥と煤で汚れてはいるが、その双眸に宿る光は紛れもなく貴族のものだ。
「私はローゼンバーグ公爵家、シルヴィア・ローゼンバーグです! 直ちに道を開けなさい!」
凛とした声が響く。
だが、衛兵たちは顔を見合わせ、腹を抱えて笑い出した。
「ギャハハハ! 公爵令嬢だとよ!」
「傑作だ! こんな薄汚れたネズミが貴族様なら、俺は国王陛下だぜ!」
「えっ……」
「帰れ帰れ! 嘘をつくならマシな嘘をつけ!」
衛兵が槍の柄でシルヴィアを突き飛ばそうとする。
シルヴィアは呆然としている。無理もない。彼女にとって、家の紋章や名乗りが通じない相手など、今まで存在しなかったのだろう。
ここは「形式」よりも「見た目」と「金」がモノを言う場所だ。
「……やれやれ。これだから役人ってのは嫌いなんだ。マニュアル通りの対応しかできねぇポンコツばかりで」
俺はシルヴィアを背に庇い、衛兵の前に立った。
懐から、先ほど借金取りから巻き上げた(もとい、彼らが落としていった)小銭袋を取り出し、ジャラリと鳴らす。
「おい、これで通せ。釣りはいらねぇ」
「あ? ……ちっ、小銭かよ。足りねぇな。通行料は値上がりしたんだ」
衛兵がニタニタと笑いながら手を出す。
腐ってやがる。このゲート自体が、構造的欠陥を抱えてるってわけだ。
「そうか。なら、仕方ねぇ」
「諦めて帰るか?」
「いいや。……『修理』して通る」
俺はゲートの操作盤――魔導認証装置へと歩み寄った。
衛兵が止める間もなく、俺の手が装置に触れる。
「な、何をする気だ!」
「開かねぇ扉は、壊れてるのと同じだ。直してやるよ」
スキル【
俺の脳内に、認証システムの魔力回路図が展開される。
複雑な暗号化コード。ID認証プロセス。
……くだらねぇ。無駄な工程が多すぎる。
俺は指先から魔力を送り込み、回路をショートカット《短絡》させた。
認証プロセスを「全てYES」と答えるように物理的に書き換える。
ガガガガッ……!
重厚なゲートが、不穏な音を立てて開き始めた。
操作盤からは火花が散り、警告ランプが狂ったように点滅している。
「なっ!? 認証なしでゲートが動いた!?」
「セキュリティホールがあったぞ。直しといてやったから感謝しな」
俺は唖然とする衛兵たちを尻目に、シルヴィアの手を引いてエレベーターに乗り込んだ。
「ちょ、ちょっと! 今、完全に壊しましたよね!?」
「開いたんだから『直った』んだよ。結果オーライだ」
ガコンッ、と大きな揺れと共に、エレベーターが上昇を始める。
眼下に広がるスラムの闇が遠ざかり、頭上の光が近づいてくる。
数分後。
扉が開くと、そこは別世界だった。
整然と並ぶ白亜の建築群。整備された街路樹。優雅に行き交う馬車。
「……急ぐぞ。お前んちの場所は?」
「あ、あちらの丘の上です!」
シルヴィアが指差す先、一番高い丘の上に、その屋敷はあった。
ローゼンバーグ公爵邸。
まるで要塞のような威容を誇る大豪邸だ。
俺たちは辻馬車を拾い、屋敷の前へと到着した。
巨大な鉄格子の門。
その前に、一人の老紳士が仁王立ちしていた。
白髪のオールバック。完璧に着こなした燕尾服。
公爵家執事、セバスチャン。
その鋭い眼光は、帰ってきた主であるシルヴィアよりも、その隣にいる薄汚れた男――俺に向けられていた。
「……おかえりなさいませ、シルヴィアお嬢様」
セバスチャンの声は氷点下だった。
「ご無事で何よりです。……して、その隣にいるドブネズミは、一体何でございましょうか?」
「セバスチャン! 言葉を慎みなさい! この方は……」
「衛兵! 不審者です! 即刻つまみ出しなさい!」
セバスチャンの合図と共に、屋敷の警備兵たちが槍を構えて殺到してくる。
シルヴィアの言葉など聞く耳持たずだ。
どうやら、この屋敷のセキュリティも相当頭が固いらしい。
「やれやれ……。どいつもこいつも、人を見た目で判断しやがって」
俺はボサボサの頭を掻き、前に出た。
突きつけられた槍の穂先を、指先で軽く弾く。
「おい、爺さん。眼鏡の度数が合ってねぇんじゃないか? それとも、老朽化でセンサーがイカれてるのか?」
「……貴様、誰に向かって口を利いている」
「俺は修理屋だ。……この屋敷の中に、酷く『壊れた』美熟女がいるだろ? その匂いを嗅ぎつけて来たんだよ」
俺の言葉に、セバスチャンの眉がピクリと動いた。
図星か。
「……奥様のことをどこで聞きつけたかは知らぬが、貴様のような下賤な者が足を踏み入れていい場所ではない。帰れ」
「帰らねぇよ。俺の『義妻』が待ってるんでな」
「……ギサイ?」
怪訝な顔をするセバスチャンに、俺は不敵な笑みを向けて宣言した。
「そこをどきな。俺が通った後には、直ったものしか残らねぇ。……さあ、修理の時間だ」
俺はモノクルを取り出し、右目に装着した。
――
ここまでの物語。率直なご評価をいただければ幸いです。
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