トム・トレンブル氏の幽霊怪奇譚

ファラドゥンガ

1.トム・トレンブル氏の幽霊屋敷

 『ユーレイ トラエタ スグニコイ』


 その日の朝、トム・トレンブル氏から妙な電報が届いた。

 配達メッセンジャーの少年がニヤニヤと微笑みながら我が地方新聞社に顔を出した時、嫌な予感がしたが……なんとも気味の悪い内容である。


 トレンブル氏は幽霊と交信できる、らしい。

 その体験談をコラムとしてうちの朝刊に載せているわけだが、時々、記者も巻き込まれることがある。


 僕は書きかけの原稿を引き出しにしまうと、書類の山に埋もれた主筆の禿げ頭に声をかけた。


 ん?と主筆。

 ズレた眼鏡を戻して、僕の方を覗き見る。


 『と・れ・ん・ぶ・る』


 僕は声に出さず、口パクをしながら、電報の細長い紙をひらひらと振った。

 トム・トレンブルの名前を聞いただけでムカッ腹を立てたり怯えたりする同僚が、この職場に多い。

 彼は接しにくい、というだけではない。

 下手をすれば怪我することもある、危険人物なのだ。


 主筆は僕の意図を組むと、静かに頷き、万年筆でチョイチョイと出入口の方に差し向ける。


 僕は重い腰を上げ、コートを肩に引っかけて社を出た。




 * * *




 トム・トレンブル氏の屋敷は、都市部から50マイルほど離れた辺鄙な荒野に佇んでいた。

 とても古びていて、近隣の村では『幽霊屋敷』と呼ばれている。


 汽車で最寄りの駅まで降り、そこから馬車で小一時間。

 ようやく到着した頃には、すでにお昼を過ぎていた。


 「トレンブルさん?僕です、電報を受け取りました!」

 さび付いたドアノッカーを叩いて、到着を知らせる。


 すると、玄関横の窓がかすかに揺れて、扉の奥からドタバタと人の足音が鳴り響いた。


 そして、ぎぃ……と玄関口の重そうな扉がわずかに開いて、毛布に身を包んだパジャマ姿のトレンブル氏が、青黒い顔をのぞかせる。


 「……ウォルターか?」


 「もちろんです」


 僕の名はウォルター・ボールドエッグ。

 地方新聞局の新米記者だ。

 担当は都市部の軽犯罪なのだが、『トム・トレンブルの幽霊怪奇譚ゴースト・ストーリー』も兼任している。

 僕としては犯罪を追った記事に力を入れている。

 しかし悲しいかな、トレンブル氏の記事が圧倒的に人気だ。


 トレンブル氏は僕を嘗め回すように見つめると、

 「……お前が本当にウォルターであると、証明できるか?」


 「これ、あなたからの電報で飛んできたんですよ」


 僕は扉の隙間に向けて紙を差し出した。


 仄暗い扉の隙間から、白い肌の手がヒュッと伸びて、紙を取った。


 「……確かに、こういう文言を打ってもらった。だが、これだけでは信用ならん」


 「どうしてです?」


 「口答えするなっ!」


 扉が突然「バンッ!」と開いて、玄関口に仁王立ちするトレンブル氏。

 毛布がバサリと落ちる。

 彼の手には大きな猟銃。

 その長い銃口が僕に向けられた!


 「さあ、お前がウォルターであると証明せんか!」


 僕は思わず尻もちをついた。

 最近は情緒の起伏が激しいとは思っていたが、ここまで狂暴化するとは!


 「お、落ち着いて下さい!トレンブルさん!僕は本当に僕で――」

 そうして両手を上げた。


 僕の怯えた姿に、トレンブル氏は片目をつぶってじっくり狙いをつける。


 そして僕の手のひらの傷に気が付いた。


 「……おおっ、その傷は!一月前の『ガラス瓶の魔人ジン』の!」


 一ヶ月前、「ガラス瓶の中で小さな人間が踊っている」と連絡を受けてこの屋敷に来た時、かなり酔っていたトレンブル氏が「こやつめ、懲らしめてやる!」とそのガラス瓶を床に叩きつけて割ったのだ。

その破片を片付けていた時に負傷したのだが、これが何故か『名誉の傷』となった。


 「お前こそ真のウォルターだ!さ、中へ入れ!」


 「……ありがとうございます。トレンブルさん」


 「早く!精霊が押し入ってくる前に!」


 こうして僕は、気の触れた主人とともに、床板の軋る屋敷へと足を踏み入れるのであった。


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