従妹の誘い
今日も俺が一番はじめに帰ってきたようだ。
ついてきた従妹の
メゾネットの上の階まで続く大きな窓の向こうにとても小さな横浜の街並みが見えた。
「ランドマークタワーがあんなに小さい」
初夏になったかという時期、汗ばんでいた俺はエアコンを起動させ、アセロラ飲料を用意した。
優雅な所作だ。同胞三姉妹にも見習わせたいな。
「素敵ですわ、眺めも」
「隣の部屋と変わらないんじゃないかな」
「お兄様と一緒ですから」
俺を惑わすな。
真咲は全く悪気がない。
「私もこちらに住まわせていただけないでしょうか」
「叔父貴が許すとは思えないがな」俺は叔父のせいにする。
「そうですわね」真咲は一旦理解を示したよう顔をしてから「婚約でもしない限り無理でしょうか」
「誰と?」
「お兄様ですわ」
俺はむせた。「あのな――俺とお前はいとこ同士で……」
「いとこ同士でも結婚はできますわ」
「俺の父親とお前の父親は一卵性双生児だ。遺伝子的には俺とお前は異母兄妹になる。そう言ったのはお前だったよな」
「あら――うっかりしていましたわ」
真咲が笑いをこらえている。
またこいつは俺をからかったな――と俺は思った。
やがて同胞三姉妹が次々と帰ってきた。
楓胡は俺と真咲の間に怪しい雰囲気を感じたらしく「ほのかちゃん、浮気はいけませんことよ、め!」と俺を非難した。
いや――俺とお前は同じ腹から生まれた間柄ではないか。真咲よりも血は濃いぞ。
「ごめんなさい、楓胡お姉様。お兄様を独り占めしてしまいましたわ」
「わかれば良いのよー」許した顔ではないが。
しかし楓胡そして桂羅にも抱きつく。これは真咲の習性だったか。
桂羅は迷惑だとも言えず顔を強張らせていた。
そして泉月。
「「ごきげんよう」」
顔を見合わせて少ししてから真咲は泉月に抱きついた。
「ほんとうに……お久しゅうございますわ」
「また綺麗になったわね」
「お姉様もですわ」
こちらの方が百合だな。先月真咲の誕生会で会っているだろ。三月まで一緒に住んでいたのだからひと月離れたら「お久しゅう」なのかもしれないが。
「そうそう、忘れないうちに言っておきますわ」真咲はまだ両手を泉月の両手に絡めたまま言った。「五月二十二日のお姉様ならびに
そう言えば誕生日が近かったな。俺も十七になるのか。
同胞四人揃って迎える誕生日は初めてだな。
千葉の母方祖父宅に住んでいた頃は叔父一家が祝ってくれた。俺の誕生日を口実にジジイと叔父貴が飲んで騒いでそれから俺を交えて麻雀をしたな。
まさかここへ押しかけて来るとは思わないが、いとこの
「二十二日当日はお姉様方も何かとご予定がありますでしょうから少しずらしまして今度の土曜日にいかがでしょう?」気の早い話だな。
「――午後に野球観戦をいたしまして夜は中華の卓を囲いますの」
ん? 野球?
「チケットが手に入るようになりましたのよ。もう二度も観戦に行きましたわ」
「野球部の応援ではなくてプロ野球なのか?」俺は訊いた。
「そうですわ。我が校の野球部コーチに元
「いいなあ、それ」俺はマリンスターズの試合をスタジアム観戦したことがなかったから飛びついてしまった。
「そう……」
「たまには抜けても会長さんは気にしないわよ。むしろ行けと言うに決まってる」
楓胡が言ったので泉月も「そうかしらね」と折れた。
「決まりですわ。とても楽しみだわ。お姉様方も楽しみにしてくださいましね」
真咲の天使のような笑顔は破壊力があり過ぎる。頼まれたら誰も断れないだろう。
午後二時からの野球観戦、そして横浜での夕食が決まった。
真咲はそれから一時間ほどお喋りをして送迎車を使って帰っていった。
帰る間際に「そうそうお兄様、今度私を映画鑑賞に連れて行ってくださいまし」と言い残した。
横で楓胡の眉が吊り上がったのが見えた。俺は「こ、今度な」と引きつった笑みを返した。
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