ハラカラ ―火花遊走―

はくすや

ここからのプロローグ

 俺――鮎沢火花あゆさわほのか御堂藤みどうふじ学園高等部に転校してひと月半。五月半ばになっていた。

 中間試験の真っ只中――俺は遊んでいた。

 早く帰ってゴロゴロするのも良いな。

 そう思ってマンションに帰って来たのだが、俺の同居人たちが俺の憩いの時間を奪った。どうせ試験勉強をしないのなら家事をしろというわけだ。

 俺の同居人は三人。伊沢楓胡いざわふうこ東雲桂羅しののめかつら東矢泉月とうやいつき

 名字は違うが俺たちは同胞はらからだ。同じ日に生を受けた五つ子のうちの四人。五番目は生まれて間もなく亡くなった。しかも俺たちの両親は俺たちが生まれる前と後で相次いで亡くなり、俺たちはバラバラに親戚や縁のある家にあずけられて育った。

 がいることを知ったのは最近だ。老い先が短い父方祖父が俺たちを呼び寄せ、この四月から俺たちだけの同居生活が始まった。

 血はつながっているが幼少期を一緒に過ごしたことがないから変な感じだ。

 俺にとっては初対面の美少女三人との同居生活。

 何だかんだとギクシャクしたが、五月の連休中に俺の生まれ故郷でもある母方祖父の家に二泊三日で遊びに行ったのをきっかけに、俺たちはひとつにまとまることができた。

 ひとつにまとまったかな。まあ、まとまったと思うことにしよう。


火花ほのかちゃん、手伝おうか?」と俺に優しい声をかけるのは長女の楓胡ふうこだ。

 伊沢楓胡いざわふうこ。長女。俺の姉。二年E組。新聞部所属。学園ではありふれた眼鏡三つ編み姿でありながら常にスキャンダルを追い求めるパパラッチで有名だ。しかしそれは擬態の一つに過ぎない。

 こいつは女優だった。そしてレイヤーでもある。何にでも化け、しかもキャラを使い分けることができる。

 いったいどれが本物の楓胡なのか誰にもわからない。

「ああ、じゃあ、餃子の皮つつむのを手伝ってくれ」

「うん」

 楓胡は嬉しそうに目を細める。今は三つ編み眼鏡ではない。黒髪ロングを下ろした癒し系美少女に擬態している。

 こいつだけは俺に優しい。

「火花ちゃんの餃子、とっても美味しいから」

「ニンニク、たっぷりといれてやるから二十個は食えよな」

「やめてくれ!」横から口を出したのは桂羅かつらだった。

 東雲桂羅しののめかつら。二女。俺の妹になる。二年C組。ショートボブのクールビューティで通っている――らしい。

 実は内弁慶のコミュ障なだけだ。家では口が悪い。特に俺をざまにこき下ろす。

 御堂藤学園に転校してくるまでは超お嬢様学校の聖麗せいれい女学館の生徒だった。しかも幼稚舎からずっと寮生だ。ほとんど家族のぬくもりを知らずに育った女だった。

 寮で育ったから今みたいに同い年の男女と暮らすこともそんなに抵抗はないだろう。ただ――男の俺を除いて。

「ニンニクは別にして」桂羅は俺に言う。「火花ほのかが入れると翌日、汗にまで餃子の臭いが出る」

「うん、たしかに」楓胡も同調しやがった。

 俺が何をしでかすかわからないから、桂羅はこうしてときどき俺を監視しに来る。憎まれ口が多いがだった。

 この二人はまだ、ほうっておいても俺に絡んでくるのだが、最後のひとりは孤高の女だった。今も部屋にこもっている。

 東矢泉月とうやいつき。三女。父方祖父が興した東矢グループの直系でもある。そして我が御堂藤学園の生徒会副会長。

 高等部一年までずっと総合成績一位をとった才媛で、学園の顔だ。

 しかし口数は少ない。こいつもクールビューティだ。余計な話はしない。必要かつ十分なことしか話さないのだ。

 俺がニンニクをたっぷり入れても何の文句も言わずに食うだろう。たぶん。

「あいつ、大丈夫なのか? 無理してないよな」俺は泉月いつきのことを言った。

「泉月ちゃんはいつもストイックだから」楓胡ふうこが言う。

「体力と根性はあるよね」桂羅かつらもそれは認めているようだ。

 泉月は中等部一年生の頃から東矢家の者として恥じない成績すなわち一位をずっと求められてきた。それなのに高等部一年生の二学期末試験、三学期試験と二度にわたって、生徒会書記星川漣ほしかわれん後塵こうじんを拝している。二位が続いているのだ。

 今回の中間試験でまた二位になったとしたら意地悪な叔母に何を言われるかわからない。だから必死に勉強しているように俺には見えたのだった。

「まあ、俺にできることは糖質をたっぷりと食わせて脳にエネルギーを送ってやることくらいかな」

「良いよね、あんたは能天気で」桂羅がジト目を俺に向ける。

火花ほのかちゃんらしいわ」楓胡は目を細めた。

 俺は三姉妹のために腕をふるう。試験期間中は俺がここの主夫だ。

 そして、ここから俺の遊走が始まる。

 俺たちの物語――その火蓋は切られた。


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