番外編「主の休日と従者の独占欲」

 対抗試合の激闘から数週間。学園は平和な日常を取り戻していた。ユキナリも英雄として扱われることに少しずつ慣れ、穏やかな日々を送っていた。

 その日は久しぶりの休日だった。


「ねえ、ユキナリ! 今日、街に新しくできたお菓子屋さんに行かない?」


 教室でセレスティアがキラキラした瞳で誘ってきた。どうやら絶品のフルーツタルトが名物らしい。


「いいですね、行きましょう!」


 ユキナリが頷くと、話を聞いていたリオも「俺も行く!」と会話に加わってきた。

 こうしてユキナリ、セレスティア、リオの三人で休日に街へ出かけることになった。


『……おい』


 そのやり取りをカイは当然魔導書の中から聞いていた。そしてユキナリの頭の中にだけ聞こえる声で不満を表明する。


『俺を忘れてないか?』


(忘れてませんよ。カイももちろん一緒です)


『当たり前だ。お前は主で俺は従者。主の行くところには常に俺がいる。それが契約だ』


 どこかむくれたようなカイの口ぶりにユキナリは苦笑した。決勝戦以来、カイは以前にも増してユキナリの側にいることを主張するようになった気がする。

 街に出ると人々はユキナリに気づき、「対抗試合の英雄だ!」と声をかけてきた。サインを求められることもありユキナリは照れながらそれに応じる。

 そんなユキナリの姿をセレスティアとリオは微笑ましそうに見守っていた。


「すっかり有名人だな、ユキナリは」

「ええ、当然だわ。彼はそれだけのことをしたのだから」


 目的のお菓子屋さんは大変な人気で長蛇の列ができていた。


「うわー、すごい列……」


 うんざりするリオの横で、セレスティアは「私が並んでくるわ。二人はどこかで待っていて」と申し出た。


「いえ、僕も並びます」


「いいのよ。あなたは学園の英雄なのだからこんなところで時間を無駄にするべきではないわ」


 セレスティアはそう言うとさっさと列に並んでしまった。

 残されたユキナリとリオは近くの広場のベンチに座って待つことにした。

 リオはユキナリの胸元にある魔導書を指さした。


「なあ、ユキナリ。それ、お前がいつも大事にしてる魔導書だよな。決勝戦ですげー光ってたやつ」


「え、あ、うん。まあ……」


 カイのことがバレないかと少しひやりとする。


「なんか、お守りみたいなもんか?」


「うん、そんな感じかな。僕にとってすごく大切な……相棒なんだ」


 ユキナリが魔導書を愛おしそうに撫でると本がかすかに温かくなった。


『……フン』


 カイの少しだけ機嫌が直ったような気配が伝わってくる。

 しばらくしてセレスティアがタルトの入った箱を手に戻ってきた。


「さあ、食べましょう! あそこの公園が見晴らしがいいわ」


 公園の芝生に座り三人はタルトを広げた。キラキラと輝くフルーツが乗ったタルトは本当においしそうだった。


「うめー!」


 リオが大きな口で頬張る。


「本当ですね。すごく美味しいです」


 ユキナリも甘酸っぱい味に顔をほころばせた。

 セレスティアはそんなユキナリの口元にクリームがついているのを見つけると、ハンカチを取り出してそっと拭ってくれた。


「もう、子供みたいね」


「あ、ありがとうございます……」


 突然のことにユキナリは顔を真っ赤にする。

 その瞬間だった。


『……ユキナリ』


 頭の中に響いたカイの声は氷のように冷たく研ぎ澄まされていた。


(は、はい……)


『俺はお前にクリームの味を再現してやろうかと気を利かせていたんだがな』


(え、そうだったんですか!?)


 ユキナリは驚いた。カイは時々ユキナリが食べたものの味を魔力で自分の中に再現して楽しむことがあるのだ。


『ああ。だがもう必要ないらしいな。あの女に世話を焼かれて随分とご満悦のようだしな、俺の“主”は』


 ものすごい嫌味だった。そしてそこには隠しきれない嫉妬の色が滲んでいる。


(ち、違います! これは、その、不可抗力で……!)


 ユキナリは内心大慌てだった。

 その時、空からひらりと一枚の葉っぱがユキナリの頭に落ちてきた。


「あ、葉っぱがついてるぜ」


 リオがそれを取ろうと手を伸ばす。

 だがその手がユキナリの髪に触れる寸前。

 突風が吹き葉っぱはどこかへ飛ばされてしまった。


「おわっ? なんだ今の風?」


 リオは不思議そうに首を傾げる。

 ユキナリにはわかっていた。今の風はカイが起こしたものだ。


(カイ……!)


『……なんだ』


(もしかして、やきもち焼いてますか?)


『……は? 何を馬鹿なことを言っている。この俺がやきもちなど……焼くわけがないだろう!』


 カイは必死に否定するがその声は明らかに動揺していた。

 ユキナリはおかしくてたまらなくなった。

 この口の悪い魂はどうやらとんでもない独占欲の持ち主らしい。そしてそれを全く自覚していない。


「どうしたの、ユキナリ。急ににやにやして」


 セレスティアが不思議そうに尋ねる。


「いえ、なんでもありません」


 ユキナリは胸の魔導書をぎゅっと抱きしめた。


(僕の相棒はあなただけですよ、カイ)


 心の中でそっと語りかける。

 すると魔導書がまたぽかぽかと温かくなった。


『……当たり前だ、馬鹿』


 ぶっきらぼうだけど少しだけ嬉しそうな声が頭の中に響いた。

 穏やかな休日の午後。

 ユキナリは天才令嬢と気さくな友人と、そしてやきもち焼きで可愛い秘密の相棒と共に幸せな時間を過ごすのだった。

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