Compact Minuette

篁 しいら

第1話


夕陽が橙色へと変わりゆく日、ワンルームの部屋に外気が入る。 一人の大きな物体が、身体に纏った外面を靴と共に玄関で脱ぎ捨てて廊下へ上がった。

この部屋の主だ、壁に貼り付けられた電気のスイッチをONにして灯りを燈す。 服を脱いで部屋着に着替える、灰色のジャージズボンに黒いパーカーは人間の普段着であった。

人間の性別は男であった。 その男、感染症の流行と共に習慣となった手洗いうがいという衛生観念を忘れ、段ボールの上に雑に置かれたあるものに手を伸ばした。


それは、安いCDプレイヤーだった。 男はあるとき、きまぐれに部屋の掃除を行った。 使わなくなった一切合切をゴミ袋に入れるという荒事を脳死で行っていたわけだが、そんな中でピタッと動きを止めた物があった。

まだ、CDが主流だった時代に安価で手に入れたポータブルCDプレイヤーであった。 当時の自分への懐かしさを覚えながら、手に取ったそれの裏を見てみれば……どうやら単三電池で動くタイプであった。 男はきまぐれを起こし、何かCDを買ってこのプレイヤーで音楽を聴いてみようと思い立ったのであった。

それが数日前の話である、男は残業を乗り越えて久々にショップで購入したCDを袋から取り出した。

昔と比べて、少し安っぽくなったような気がするCDケースを優しい手触りで開けていく。 フィルムを剥がして透明な衣を脱がしていく、その手つきはまるで最初に出来た彼女の柔肌を触れたときの、それの様に優しくもまた緊張しながら。

フィルムから出てきたCDケースは、自分以外のものがふれていない神聖な存在の様で、男は興奮を覚えた。 自分が開封するために今まで閉じていた口を、男はほぐす様にゆっくり……開いた。


少し硬いケースが、軋み音を立てながら開いていく。 そして中から現れたのは、未だに紙で存在してくれている歌詞カードを含んだ表紙と……美しい銀色の円盤だった。

表面には黄色のフィルムを羽織っており、自身の中身を誇示している。 気高い名を冠したその円盤を、男は中心を強めに押してケースから引き剥がす。 少し荒々しい行為を行った後、男は自身の目的である≪音楽を聴く≫を遂行するため、円盤をCDプレイヤーに押し込んだ。

前日にはすでに準備済みである、単三電池の入ったCDプレイヤーの再生ボタンを長押ししてやれば、男の目的を達成させるためにプレイヤーは仕事を始める。

円盤が回る、円盤に刻まれた凹凸を読み取り、凹凸が記録したものがプレイヤーにつながれたイヤフォンを通して男の耳へ届いたとき。



音楽の世界は、幕を開ける。











「逢いたかったわ、私の恋人さん」


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2025年12月16日 17:00

Compact Minuette 篁 しいら @T_shira

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