セレナイトドールとメイドのエレンの、初めてのクリスマス

宵宮祀花

サンタクロースの条件

 わたしが旦那様からお屋敷とお嬢様を相続して、早半年が過ぎた。

 お嬢様と二人だけの生活は思いの外充実していて、日中はお掃除をしたりお嬢様とお庭をお散歩したりして過ごし、夕食後には本の読み聞かせをする。

 メイド派遣事務所で働いていた頃はその日そのときで異なるお客様のご要望に都度応えていたから、身も心も忙しなかったけれど、いまは真逆のスローライフだ。

 ただ、このお屋敷がある島は自然公園アルカディアを有する古生物管理研究群島の一部で、アルカディアがある本島ではないものの、この島にも珍しい動物が多数生息している。なので旦那様からは相続に当たって色々と注意事項を伺っている。

 例えば、夜間は屋敷の敷地外には出ないこと。見慣れない生物を見たら近付かないこと。万が一噛まれたり刺されたりしたら指定の番号に即連絡することなど。

 それらを差し引いても山盛りのおつりが来るくらい、此処での生活は楽しい。

 なにせこの世のなにより可愛いお嬢様が、一緒にいてくださるから。


「おはようございます、お嬢様」


 もうすっかり日常と化したお嬢様との添い寝は、美の結晶としか思えない愛らしい寝顔がゆっくりとお目覚めを迎えることで終わりを告げる。

 そして、それは同時に一日の始まりの合図でもあり、わたしは身支度を整えてからお嬢様のお着替えを手伝った。


「もうすぐクリスマスですね。お嬢様はなにかほしいものはありますか?」


 絹糸のような髪を結いながら訊ねれば、お嬢様は可愛らしく首を傾げた。


「クリスマスにはサンタクロースという老翁の聖人が、良い子にプレゼントを届けてくださるんです。お嬢様はとても良い子ですから、きっと贈り物がありますよ」


 お嬢様のお膝に小さな絵本を置き、表紙を指さす。


「此方の穏やかなお顔をした白髪のご老人が、サンタクロースです。トナカイが引く綺麗なそりに乗って家々を巡るんです」


 はい、出来ました。そう言って編み込み頭をそっと撫でると、お嬢様は振り向いてわたしを見上げてきた。


「わたしですか? そうですね……お嬢様の分と一緒にサンタさんにお手紙を書いてみましょうか」


 お嬢様はまん丸な瞳を輝かせて、うれしそうに頷いた。

 声を発することはないけれど、目と表情が口ほどにものを言うお陰でいまのところ意思疎通は問題なく出来ている。と、思う。

 お嬢様は、セレナイトドールという世にも不思議な命を持つお人形だ。純白の髪と肌、透き通った水色の瞳に華奢で美しい四肢。誰がどう見ても観賞用のお人形なのに生きていて意思がある。

 誰が作ったのかは不明らしく、仲介の人形業者も絶対口を割らないのだとか。

 そんな不思議の塊であるお嬢様と、初めてのクリスマス。

 お人形ではあるけれど、核に使用されている高エネルギー体『フレイヤ』が食べたものを効率よく燃焼させて稼働エネルギーに変換してくれるので、人間と同じ食事を取ることも出来る。とはいえ、生体維持と日々の活動に必要なエネルギーは月光浴でまかなえるので、食事はあくまで趣味の範疇だ。

 だからこそこういうイベントのときくらい普段作らないごちそうを作ってあげたい気持ちもあるわけで。

 そんなことを延々考えながら手紙を書いていたら、便せんいっぱいに買い物メモを綴ってしまった。


「やっちゃった。サンタさんに買い出し頼むのはちょっと……」


 これはメモとしてとっておいて、お手紙は改めて別に書こう。というわけで新しい便せんにお嬢様ご希望の新しいメイド服――どうやらわたしとのお揃いが気に入っていらっしゃるようなので、時々二人でメイドの格好をしている――を書いて、あとはわたしが個人的にお嬢様に抱っこしてほしいというよこしまな願いからぬいぐるみを書き添える。そして最後に、お嬢様がどうしてもサンタさんをパーティに呼びたいと仰るのでクリスマスカードに招待の文言を書き添え、サンタさんへのお手紙とした。

 これは今日いらっしゃる秘書さんにこっそりお渡ししよう。そう思って立ち上がりかけたとき、お嬢様がお手紙と買い物メモを手に駆け出してしまった。


「お、お嬢様!?」


 うれしそうにはしゃぎながら、お嬢様は過去見たことがないスピードで走り去り、玄関方面へと向かっていった。このまま外に出てしまったら、島の動物とかち合って怪我をしてしまうかも知れない。慌ててあとを追いかけ、階段を駆け下りる。


「お嬢様! っと、はい、ただいま!」


 何とか追いついたのと同時に玄関の呼び鈴が鳴り、お嬢様を抱き留めた勢いのまま扉を開けて応対した。

 玄関先に立っていたのは、いつも旦那様との繋ぎをしてくださる秘書さんだった。あまり表情が変わらない方だけれど、心なしか目を丸くしていらっしゃる気がする。


「ら、ラウルス様、慌ただしくてすみません」

「いえ。定期訪問に参りました。ご入り用のものは御座いますか?」


 ラウルス様が訊ねると、わたしの腕に捕獲されているお嬢様が意気揚々とお手紙と買い物メモを差し出した。


「あっ、それは……!」


 そして、ラウルス様はそれを受け取ってしまった。無表情に作られた仮面のように変わらないお顔のまま、便せんに目を通していらっしゃる。


「なるほど。旦那様にお伝えしておきましょう。此方はお預かりしておきます」


 ラウルス様のお返事に、お嬢様は満足そうに頷いている。


「すみません……ありがとうございます」

「他にご入り用のものは御座いますか?」

「いえ、いまのところは大丈夫です」

「畏まりました。では此方をお届けして参ります」


 丁寧にお辞儀をして、ラウルス様は帰っていった。

 玄関先で用を伝えて立ち話だけで返すなんて、って最初の頃は思っていたけれど、ラウルス様は寧ろ中に上がってお茶を出されるほうが気を遣うと仰っていて。だいぶお忙しい方だから、わたしの自己満足のためだけに付き合わせるのも申し訳ないし、いまはこうして玄関扉の境界線上でやりとりをするだけとなっている。

 お部屋に戻ると、お嬢様はベッドに腰掛けて足を揺らし始めた。ご機嫌のようだ。


「それにしても、お嬢様は旦那様をご招待したいのですか?」


 お嬢様はこくりと頷いて、それからクリスマスのことをお話しするときサンプルとして見せたクリスマスを題材にした絵本を膝に乗せ、サンタクロースを指さした。


「サンタさん……」


 お嬢様にサンタクロースの説明をしたとき、確かわたしは「穏やかなお顔をした、白髪のご老人」だと言った。なるほど、それだけ聞くと確かに旦那様は紛うことなきサンタクロースだ。


「そうですね。わたしたちにとっては旦那様がサンタさんですね」


 お嬢様はパッと表情を華やがせて、わたしに飛びついてきた。

 退院されてから暫く経つとは言え、旦那様もお年でいらっしゃるし、あまり無理はさせられないのだけど。それでも希望を伝えるだけなら許されるかも知れない。

 クリスマスは家族で過ごす日だから、旦那様もそうされる可能性は充分あるし。

 わたしはメイド派遣事務所に所属する前は孤児院にいたから、家族というものには全く縁がなかった。院の子供たちは兄弟みたいなものだと思ってはいるけれど、でも両親がいて兄弟がいて住む家があるみたいな生活は、物語の中の世界にしかなかったものだ。

 それがどうしたことか、お嬢様と二人暮らしをしているのだけれど。


「お嬢様。わたしはお庭のお掃除をしてきますけど、どうされます?」


 お嬢様は答える代わりにわたしの手を取り、窓の外を指した。

 今日も一緒に行きたいらしい。


「では、参りましょうか」


 手を繋いだまま部屋を出て、玄関から外に出る。一度納屋に寄って掃除道具一式を取ってから、裏庭へと回った。秋口ほどではないけれど、未だに落ち葉が庭を彩っていて、少し油断すると排水口が詰まってしまう。

 本格的な冬になれば、今度は雪が積もるらしい。この離島では冬を越すのに備蓄を使う。次の定期訪問でラウルス様が大量の備蓄を倉庫に積んでくださるそうだ。海が凍ってしまうわけではないけれど、冬は波が荒れやすくなるのだとか。空路であれば人も物も問題なく運べるので、プライベートジェットやヘリポートがあるところなら普通に行き来していると聞いた。

 この島はヘリポートこそあるけれど、あれは旦那様が所有しているものでわたしが使えるものではないから、物資のやりとりは海路に限定される。

 そんなわけで、旦那様をご招待するのに問題はないけれど、わたしが冬を越すにはしっかり備蓄や設備を管理しないといけないのだ。


「お嬢様、なにか面白いものでもありました?」


 ふと見るとお嬢様が地面にしゃがんでなにかを見つめていた。

 横から覗き込んでみれば、生け垣の下のほうに小さな花が咲いていた。


「こんなところに。日の当たらない場所にも花は咲くんですね」


 咲いているのは、一輪のノースポールだ。でも、ノースポールの花壇は表のほうにあるから、これは鳥が運んできたのかも知れない。

 そんなことを思いながら眺めていたら、お嬢様がわたしの手を引いて逆の手で表の庭を指した。


「このお花も、あちらへ移し替えるんですか?」


 お嬢様は頷いて、早く早くと急かすように手をつんつん引いている。


「畏まりました。ではすぐにお掃除道具を置いて、スコップを取ってきますね」


 掃除道具を納屋に片付け、園芸用の小さなスコップを持ってお嬢様の元へと戻る。お嬢様はわたしが離れたときと全く同じ格好でしゃがんていて、じっと花を見つめていた。


「暖かいところへ移しましょうね」


 根っこを傷つけないよう周りを広めに掘って花の株を取り出し、お嬢様と共に表の花壇へと向かう。其処にはいま抱えているのと同じノースポールが咲いている。隅を少し掘って植え替え、土を被せると立ち上がって腰を伸ばした。


「これできっと、冬のあいだも咲いていられますよ」


 お嬢様は満足げに頷き、わたしに抱きついて頭をすりすりしてきた。

 土いじりをしたばかりで汚れていなければ思い切り撫でていたところだ。


「さあ、戻っておやつにしましょう。昨日焼いたラズベリーチョコレートパイがまだ残っていましたから。温かい紅茶も淹れましょうね」


 お嬢様の顔が華やぎ、わたしの手を取ってお屋敷へと急かす。


「お待ちください。先にスコップを戻しませんと」


 そう言うと、お嬢様は「あっ」て感じの顔になって、引っ張る方向を納屋方面へと変えた。言いたいこと、やりたいことを全力全身で伝えてはくるけれど、決して我儘放題というわけではないところがとてもお可愛らしい。

 片付けを済ませて手を洗うと冷蔵庫からラズベリーチョコレートパイを取り出し、少し温め直してから温かい紅茶と共に第二食堂のテーブルへと並べた。このお屋敷はお客様を歓待する場である第一食堂と、住人が普段使いするための第二食堂がある。

 第一食堂はお屋敷の食堂と聞いてイメージするような、白いクロスがかかった長いテーブルと立派な椅子が並んだ広い食堂で、第二食堂は六人用くらいのサイズの木製テーブルに椅子が四つ。テーブルが大きめなのは、家族や友人なんかのもっと気安いお客さんが来たときに此方を使うためなのかなと思っている。

 わたしたちはいつも第二食堂を使っているけれど、第一食堂もちゃんと毎日お掃除しているし、クリスマスの日くらいはあちらを使ってもいいかも知れない。旦那様もいらっしゃるかも知れないわけだし。


「さあ、頂きましょう」


 胸の前で手を組み目を閉じて「頂きます」と唱える。目を開けて隣を見れば、同じ格好で神妙に俯いているお嬢様がいた。そうかと思えばパッと目を開けてフォークを手に取り、いそいそと食べ始めた。ちゃんと挨拶の時間を理解して同じようにお祈りしているところが何ともお可愛らしい。

 ずっと見ていたいところだけれど、わたしも食べないとお嬢様が気にしてしまう。フォークで一口大に切り、口へ運ぶ。冷蔵庫に入れていたからパイ生地が硬くなっているかと思ったけれど、案外そうでもなさそう。


「どうですか? 一日経ってますけど、其処まで味は落ちていないと思うのですが」


 お嬢様は目をキラキラさせて、何度も頷いてくださった。


「クリスマスにはもっと可愛いケーキを作りますね」


 そう伝えると、お嬢様は花のような笑顔を咲かせ、感極まって抱きついてきた。

 本当なら、おやつの途中に椅子から降りるのはお行儀悪いですよ、と言わなければならないのだろうけれど、あまりにうれしそうなので不問とすることにした。

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