第1話「湾曲」

「んー。やっぱ研究、実験するっていいねぇ」


 女の人の声が聞こえる。鼻にツンとくる煙草の匂いがする。


 なんだったっけ。意識が朦朧としていて思い出せない。トラックの前に飛び出して……死んだのか?


 額に衝撃が走る。


「いたっ」


「あ。起きたー?」


 鉛のように重い体を無理やり起こす。


 白衣を着た丸メガネのお姉さんが顔を覗き込む。


「俺。死んだんですか?」


 白衣のお姉さんは煙草の灰を灰皿に落として。


「うん。しんだーよ」


 ????


「ははっ。鳩が豆鉄砲。あー」


 死んだのになぜ生きているのだろうか? ものすごい矛盾。


「じゃあなんで生きてるんです!? てかここどこ!?」


「あー。じゃあ順番に説明しようか」


「人智を超えた力を持つ……ヒーローっていると思う?」


 投げかけられた質問は突拍子もなく、理解し難いものだった。


「あー。アニメか、なんかの話ですか?」


「いや。現実」


「え?」


 白衣の女性は少し考えた後、爪を噛みながら。


「信じ難いとおもうがね。キミはヒーローに助けられた……とでも言っておこう」


 そんなことが、あり得るのか?


「そもそも。一度止まってしまった心臓、ほぼ死んでいる脳を現代医療じゃ再生できない。わかる?」


「そ、それはわかりますけど」


 白衣の女性は胸元のポケットからソフトパッケージのタバコを取り出して、一本咥え、火を灯す。


「でさー。その存在ってこの世にあってはいけないと思うんだよね。うん」


「なんで、ですか?」


 白衣の女性は煙を吐いて。


「もし……だ。その存在が群れて組織的な活動をし始めたら。人間はヒーローという偶像に縋り、媚び、甘んじた平和を呑むことになる。それは果たして、正解だと言えるだろうか?」


 女性は続けて


「ヒーローがこの世を支配し始める時代がくる。当然、能力を持たぬ我々は迫害されるだろうね」


 この人の言っていることは理解できないけど間違ってない気がする。


「それで、どうしろって言うんですか?」


「狩られる前に狩る。それが手っ取り早い。うん」


 人智を超えた力を持つものにどうすれば手が届くのか、そもそも存在しているのだろうか? 納得のいく証拠が欲しい。


「あー。信じられないかんじ? ま。それもそうだよね。こういうのは見てみないと。奥に案内するよ。来てくれ」


 白衣の女性は椅子から立ち上がり、研究室の最深部へと続くドアへと案内する。


「ここだね」


 鍵をポケットから取り出し、鍵穴に差し込む。ドアのロックが外れ、ドアが開く。


「ちょっと血生臭いけど我慢してね」


 ドアを抜けた先の光景は目を疑いたくなるような惨状だった。


 電気椅子のようなものに厳重に縛り付けられている、正気のない人間。テーブルには血塗られたメス、ペンチ、トンカチが置かれている。


「これは……」


「はい。これが人智を超えた人間」


 白衣の女性はテーブルからのメスを取り、拘束された人間の指にあてる。


「見てて」


 メスはみるみる指の肉を断ち、骨を切る。


「今指落としたでしょ? この指ね」


 白衣の女性は切り落とした指を床に捨てる。


 切断面から光の粒子のようなものが放出され骨、肉を形成し、指が元に戻る。


「は?」


「はい。これが証拠。あー。こいつは自分の異能で好き勝手して女を食い物にしてたカスだから気にしなくていいよ」


 倫理観がものすごくズレている気がする。しかし目の前で起こっていることは紛れもなく真実である。


「俺にこれを手伝えって言うんですか……?」


 白衣の女性のメガネが豆電球の光を反射し、光る。


「手伝ってもらう。うん。ここまで見せたんだ。キミはもう後には引けない」


 こんな……ことを。俺が? そんなの嫌だ。


「いいえと言ったら?」


「あー。ここでちょっと昔の話をしようか。キミの両親さ、不慮の事故で亡くなったじゃない? アレは異能持ちのせいだよ」


 俺の両親は車の事故で亡くなっている。歩道に飛び出した子供に気を取られ、事故を起こした。そして二人とも帰らぬ人に。


「どうしてそう言い切れるんですか……」


「あの事件で廃車になった車を見るとわかるんだけど、明らかにおかしい点があってさ。これなんだけど」


 白衣の女性は胸元から一枚の写真を取り出し、こちらに見せる。


 写真には車のフロントガラスとボンネットが写っている。


「ボンネットに打ち付けられた拳の跡のようなものがあるよね? 普通に殴っただけじゃ絶対につかない跡が」


 たしかにそうだ。不可解な跡がそこには存在している。


「これは……多分キミみたいに子供を助けようとした異能持ちがなんらかの能力を使用し、つけた跡だと見られる。そもそも、壁にぶつかったくらいの事故じゃ人は死なない」


「そんな……ことが」


 あまりの真実に言葉が詰まる。


「人を助けるって言っても犠牲者が出てちゃ本末が転倒してるよね?」


「そうですね……」


 異能持ち。その人たちの行いによって死ななくてもいい人が、ましてや両親が死ぬ。そんなのは間違っている。


「俺も。お姉さんの行動に賛同します。身勝手な正義で人が死ぬのを見たくない」


「ありがとう。感謝するよ。これからは私の仲間だ。あー。名前。私は……クウシュウゴウとでも。うーん。ファイの方が呼びやすいか」


 ファイは俺の肩にポンと手を乗せる。


「俺はヨルって言います」


「よろしくね。ヨルくん」








 




 



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【急募】ヒーローを56す方法 @Haibara_lite

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