ドンドンドン

ツキシロ

ドンドンドン

高層マンションの、最上階。


左に隣室はない。


なのに、壁を叩く音が聞こえる。


ドンドンドンドン……。


「……なんだ?」


俺がその音に気づいたのは、長期休暇の朝。目を覚ましたときだった。


「まあ、事故物件だしな」


この部屋に住んでから、誰かの視線を感じたり、風呂場に長い髪の毛が落ちていたり、しょっちゅうあった。


そのおかげで、俺は格安で広い部屋に住めている。もはやこの程度、すっかり気に留めなくなっていた。


「……眠いな、もう少し寝るか」


朝日が差すカーテンを閉め切って、ふたたびベッドに入った。




目を覚ますと、まだドンドンと聞こえていた。


俺は違和感を抱いた。よく聴いてみると、天井からもドンドンと聞こえる。


「今回のはちょっと強いな」


俺には、変化を楽しむ余裕すらあった。こういうのがエスカレートしても、怖い目に遭うのは物語の中でだけだ。


つまらないことに、現実では特に何も起きない。それでも、少しは退屈がまぎれる。


鼻歌まじりに、朝食を用意した。




日中は、だらだらと過ごした。


部屋にこもってゲームに明け暮れるのは、いくつになっても楽しいらしい。


俺はヘッドホンをつけてオンライン対戦に熱中していた。


すると、いきなり通信が不調になってゲームが落ちてしまった。


「なんだ、せっかく面白いところだったのに」


空腹を感じて時計を見ると、もうお昼どきだった。


ヘッドホンを外した。


ドンドンドンドンドンドンドンドン……。


「な、なんだ……!?」


壁を叩く音がまだ続いている。


それだけじゃない。よくよく聴いてみると、右からも床からも音が聞こえはじめている。


さすがの俺も鳥肌が立った。


だが次の瞬間、俺は苛立った。


だって、右にも下にも、部屋があるのだから。苦情を言いに行ってやる。


「うるさいな……」


ずっと着ていたパジャマから着替えて、玄関を開けた。


俺は目を疑った。


まず、右の部屋がない。――いや、なくなっている。


次に、廊下が切れている。俺の部屋の前だけしか廊下がなく、階段がどこにも見当たらない。


切れた廊下から足元を見ると、数十メートルほど下の地上の景色が広がっていた。――下層の階が、全部消えている。


「……は?」


俺の思考は、一瞬停止した。次に、ここから出なくてはいけない、と思った。


「えっと……そうだ、電話!」


部屋に戻って携帯電話を手に取った。


「こういうときは、警察?救急?ああもう、どっちでもいい!」


警察に電話をかけた。


繋がらない。


救急も消防も駄目だった。


「なんだよ、これ」


ドンドンと壁から響く音が、俺の心まで叩き潰すようだった。


さらに音が増えた。


とうとう部屋の前後からもドンドンと音が聞こえるようになった。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン……。


気づいた。


玄関の扉が、ない。


窓も、ない。


俺は、真っ白な壁に前後左右、そして上下を囲まれた。


無駄に広い間取りが、かえって不安をあおる。


「なんなんだよこれ!」


ベッドで布団にくるまって、震えることしかできなかった。




どれくらい、たっただろう。そろそろ、やすみもおわったころだろうか。


わるいゆめだとおもっていくらねても、いつもかべをたたくおとにおこされる。


ずっと、ドンドンとおとがひびいている。


「……はやく、おわってほしい」


おれは、きづいた。


「……そうだ」


ふふふ、とわらいがこぼれた。


「こうすればよかったんだ!!」


おれは、かべをドンドンとたたいた。


おれも、へやも、ぜんぶがきえた。




あるマンションの一室。部屋の鍵が開いた。


「はあ、連休明けの仕事は疲れたな」


夕暮れどきに、一人の女性が帰宅した。


「音が聞こえるような……壁から……?」


ドンドンドンドン……。

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ドンドンドン ツキシロ @tsuki902

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