幕間No.5 Cook of apocalypse
「先に逃げろ!ヨシヒコ君!」
リカブさんが僕の方を向いて叫んだ。
「俺の家が…俺の夢のマイホームがぁぁぁ!」
「もうこんな所まで火の手が…!」
「この村も…終わりね…。」
道の真ん中で跪いて喚く街の人々の姿が目に映った。
『ザザッ…ガー……
国民の皆様へ…たった今、国家防衛大臣により、サーバリアン王国内に、"国家存亡危機特別警報"が発令されました…!
既に王国内の3大都市は8割が焼失し、地方都市とは既に連絡が不可能な状況です!
国内に安全な場所は残されておりません!
全国民の皆様へ、国外退避勧告を致します!』
凄まじい気迫で防災無線が告げた。
「どうして…どうしてこんな事に…!」
・ ・ ・
【30分前】
「ゴホッゴホッ…」
布団を被ったリカブさんが咳込んでいる。
「大丈夫ですか?リカブさん…。」
「ああ、問題ない…ただの風邪だ…。しかし済まない…家事まで任せてしまって…。」
「気にしないで下さいリカブさん。むしろ、これまで僕達の分まで家事をしてくれてたんですから…。」
ガチャッ
寝室のドアを開けて、誰かが入り込んで来た。ふとその人物と目を合わせる。
「9万職員さん?」
「おはようございます、勇者様!リカブさん!今日の朝ごはんは私が作ります!」
「料理は出来るのか?9万。」
「はい!任せて下さい!」
そう自信満々に答えると、エプロンを付けた9万職員さんはキッチンに飛び込んでいった。
「ヨシヒコ君、念の為に様子を見ておいてくれないか?怪我でもしたら大変だからな…」
「分かりました。リカブさんはゆっくり休んでて下さい。」
そう言って、僕は静かに寝室から立ち去った。
・ ・ ・
「9万職員さん、何作ってるんですか?」
キッチンに立つ9万職員さんに問いかけた。
「二郎系ラーメントーストです!」
「二郎系ラーメントースト!?」
色々ツッコみたい事はあるが、少なくとも朝食にあるまじき重さの物を作ろうとしている事だけは理解できた。
「そしてコレが…秘伝の調味料です!」
そう言うと9万職員さんは、おもむろに小さな赤い瓶を取り出した。
「秘伝の調味料…?どんな物なんですか?」
「コレは"ニトログルコサミン"という調味料です!」
9万職員さんは瓶の蓋を開けると、ボウルにその中身を1滴垂らした。
「ニトログルコサミン…?なんか辛そうな――」
キィィン
僕が感想を述べる時間は無かった。
ボウルに液体が落ちると共に、世界を割ってしまいそうにさえ思える激しい閃光がキッチンを埋めつくし、
太陽が落ちてきたかの如く激しい熱風が吹き荒れ、僕の全身を呑み込んだ。
・ ・ ・
「あの時、彼女を止める事が出来ていれば…
この王国は救われたはずだったのに…!
この惨状を…僕は止められたはずなのに…!」
地に膝をついて、頭を抱えて嘆いた。
"やり直したい"、"あの時に戻りたい"と何度も心で唱えながら――
・ ・ ・
「……よう…ざい…す…」
「おはようございます!勇者様!」
聞き覚えのある声に目を開けると、見覚えのある天井と、透き通るような白い髪が目に入った。
「…アレ?9万職員さん…?」
意識のぼやけを振り払い、起き上がる。
そこでようやく、自分が布団の上に居ることに気がついた。
「ここはリカブさんの家…
…という事は、今までのは…夢…?良かった…」
「よく眠れましたか?勇者様。
今日はリカブさんが風邪で寝込んでいるので、私が朝食を作りますね!
勇者様は顔を洗うなりして待ってて下さい。」
「ああはい…分かりまs…」
眠い目をこする手が止まる。
彼女の発言が、さっきまで見ていた夢を想起させた。
(まさかさっきの夢は…予知夢…!?)
「愛も勇気も裏切ってぇ!
麦から生命をつぅくりだすゥ!!!
そぉれいけ我らがジャムおじさァん!!!」
キッチンで冷蔵庫を漁りながら、デスボイスで熱唱する9万職員さんに恐る恐る近づく。
(というか何…?その歌…。)
「愛と♪勇気は僕を〜♪
友達だと♪思ってな〜いらしい〜♪」
「あの…9万職員さん…何作ろうとしてるんですか…?」
恐る恐る9万職員さんに問い掛けた。
夢で見た得体の知れない物を思い浮かべながら…。
「ボイル練乳風オリーブキムチタコライスの天ぷらうどんです!」
「ボイル練乳風オリーブキムチタコライスの天ぷらうどん…?」
夢で見た物以上に得体の知れない物が現れたのはさておき、9万職員さんの手元には、夢で見た光景と重なる青い小瓶があった。
「9万職員さん…手元の調味料は…?」
「コレですか?バニラエッセンスです!」
…なんだ、バニラエッセンスか。
夢で見た謎の調味料でもないし、やっぱりアレは予知夢じゃなくてただの夢だっt
カッ――
僕が安堵する暇は無かった。
ボウルにバニラエッセンスが垂れると共に、宇宙を砕いてしまいそうにさえ思える激しい稲妻がキッチンを駆け巡り、
寿命を迎えた恒星の如き強烈な熱風が、目に映る全てを消し飛ばした。
・ ・ ・
「……よう…シヒコ…」
「おはよう。ヨシヒコ君。」
一点の汚れもない白い天井と、リカブさんが視界に映る。
同時に、自分の背に敷かれた布団を認識した。
「…また夢…?
というかリカブさん、風邪の方は大丈夫ですか…?」
「ハハハ、どうやらまだ寝ぼけているようだ。
私は成人してから1度たりとも風邪なんてひいていないぞ!日々の規則正しい生活のお陰でな!」
「そ…そうなんですね…って、早く9万職員さんを止めないと――」
僕は慌てて布団から飛び上がった。
そのままキッチンに向かって駆け出す僕の背に、リカブさんが声をかけた。
「ヨシヒコ君、9万は今野宿中だぞ?」
「…えっ?なんで…?」
リカブさんが薄ら笑いを浮かべながら発した言葉に、僕は困惑を露わにする。
「ほら、先週9万が料理をした時に、前の家を全焼させてしまっただろ?
だから罰として、当分私の家に出入り禁止にしたんだ。覚えてるんじゃないか?」
僕は呆然として立ち尽くす。
ああ…そうか…そういえば…
"事後"…だったな…。
END
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