第36幕・風化

「さあ、誰が解任されるのかな〜?」

ヘイリーの甲高い声が部屋中に響き渡る。


「インフィニティちゃんは今来たばっかりだし…じゃあ"3人"の中から選ばれる事になるよね〜?」

「へえ…お前、自分がクビになるとは毛程も思ってないみたいだな…?」


ウェルダーはヘイリーを横目で睨みつつ言った。


「だってウェルダー、あなたが居るもの!近接戦闘しか出来ないし、防御面での取り柄も身体が硬いだけ…私だったら真っ先にクビにしてるからね!」

「フゥ…成程な…。お前は俺を舐めてるってワケか…。」

ウェルダーの崩れない笑顔に、僅かながら皺が浮かぶ。



「…3人共、静粛にしなされ!!! 魔王様のお言葉に耳を傾けるのです!」

最中、アビスが叫んだ。張り詰めた空気が微かに揺らぐ。


「チッ…ハイハイ。」

ウェルダーは不機嫌そうに返事をする。


「うっわ、短気〜…。」

時を同じくして、ヘイリーは呟く。


「ん…?"3人共"…?」

プロミネンスは怪訝そうに呟きながら、魔王に再び目線を向けた。




「――次に名を挙げる者を…四大魔人より解任する――」


魔王が再び口を開いた。



・ ・ ・



「――つまり、本施設が無限の広さを誇るに至ったのは、他ならない"92,374番カウンター"の職員による、空間魔法のお陰だったのです…。」


細い目つき…所謂いわゆる糸目をした、小太りの男性が話している。


…僕達は今、無限回廊の所長さんに話を聞いている。


魔王軍が目的としている筈の"人類滅亡"。

それと離反した、9万職員さんの誘拐。


9万職員さんの身辺を調べれば、魔王軍の狙いが読めるかも知れないという、マワリさんの提案なのだが…

初っ端から聞き捨てならない情報が飛んできたぞ…?


「…にわかには信じ難いな。個人の力で、無限とも思しき規模の空間を作り出すなど…」


マワリさんが呟く。

どうやらこの世界の常識を基準に置いても、9万職員の力は常軌を逸していると見て良さそうだ…。


「9万職員さんが凄いのは知ってましたけど…まさか無限回廊を創り出していたのも彼女だったなんて…。」

驚嘆する気持ちを抑え込めず、不意にそう呟いてしまった。


ふと、所長さんと目が合った。


「貴方がシロちゃ…あの娘と行動を共にしていたヨシダさんですね?」

「あっ、はい。吉田です…」


所長さんの突然の問いかけに、僕はぎこちなく答える。


「…お二人共、着いてきて下さい。」

所長さんはそう言って立ち上がると、扉を開けて所長室から退出した。


「着いていくって…何処に――」

「行くぞ、ヨシヒコ少年。」


戸惑う僕の肩を叩いて、マワリさんは所長さんに着いていく。


「あっちょっ…ちょっと待って下さい…!」

僕は慌てて立ち上がり、2人に続いた。



扉を抜けて左を向いた先…並ぶカウンターとは反対方向の廊下に、所長さんは歩み進んで行く。


無数の求人情報が掲載されたコルクボード、電気が止まって薄暗くなった共用トイレを通り過ぎ、突き当たりを左に曲がる。


その先に見えたのは、やたら段差の大きい階段と、それを塞ぐ"関係者以外立入禁止"と書かれたバリケードだった。


「…ここを登った先です。」

所長さんはバリケードを丁寧に退かしながら、振り向かずに言った。


僕達は階段へ足を踏み出す所長さんに続く。



…ここは、あまり新しい建物ではないのだろう。階段を一段踏みしめる度に、足元が微かに軋む。


僕は何となく気を遣って、軋む音を立てないように、次の段にそっと足を乗せた。

しかし、僕の体重が乗った瞬間、階段からギシリと音が鳴ってしまった。

その次の段も、また更に次の段も、どう頑張ったって軋んでしまう。

何だかどうでも良くなって、僕は躊躇を失った。

堂々と足を踏み出すと、階段の軋む音が変わらず響き続けた。



「あの娘は…92,374番カウンターの職員は、6年前、行き場を無くしていた所を所長である私が保護したのです。まだ小さな田舎だった、この村で…。」

階段の中腹に差し掛かった辺りで、所長さんはそう言った。


「6年前…。」

僕は復唱しながら、一昨日の晩の話を思い出した。


6年前。それは9万職員さんが言っていた、"この村に住み始めた年"だ。


彼女はこの村に来る前の記憶が無いとも言っていた。

つまり、9万職員さんの最初の記憶は、この場所での出来事…?



「…あの頃はまだ、無限回廊の名も付いていない、辺境の職業相談所に過ぎませんでしたが…それでも私達は幸せに暮らせていました。」


…階段を登り切ると、そこには古ぼけた木製の扉があった。


「…この先です。」

所長さんは扉を開きながら言った。


扉を抜けた先に最初に見えたのは、小さな玄関だった。脇の靴箱の上には花瓶と、家族写真のような物が置かれている。


写真を控えめに覗き込むと、そこには所長らしき人物と、同年代に見える女性…


…そして、見覚えのある白い髪の女性が写っていた。


「…これは…9万職員さん…?」

そう呟いた僕に、所長さんは目を合わせて話す。

「…あの子は…自分の名前すら思い出せない様子でした。だから、私達は"シロちゃん"と呼んでいたんです。」


所長さんは靴を脱いで、玄関を上がった。


「…皆さんもお上がり下さい。スリッパは用意できてませんが……私からも、皆さんに聞きたい事があるのです。」



「…特に、勇者さん。貴方にです。」

所長さんは、僕の目をじっと見つめて言った。


To Be Continued

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