第42幕・太陽

 ――礫のような雹が地上に降り注ぐ。


雲は高速で渦を巻き、同心円を描いている。


打ち付けるような暴風が、インフィニティ目掛けて押し寄せる。



暴風は木々を薙ぎ倒し、大地を抉り取っていく。

風の流れに沿うように、或いは呑み込まれるように、全てが凍りついていく。



地響きが起こる。

直後、凍りついた大地から、無数の尖った氷柱が出現する。

氷柱は雲を目指すかの如く成長し、一帯は剣山のような氷河へと変わり果てていく。


…最早、そこにインフィニティの姿は見えなかった。



・ ・ ・



「う〜わっ…。インフィニティとか言ったっけあの新入り…死んだんじゃね?」

崩れた壁から外を一望していたウェルダーは、そう呟いた。


「その口振り…お前はアレ・・を受けて生存できる自信が無いのだな。」

プロミネンスは呟きに反応し、そう言った。


「…そう言うお前は、あの規模の魔法から生き延びられるってのか?」

ウェルダーが不機嫌そうに答える。


「当たり前だ。俺はお前より強い。」

「ふぅん…じゃあ――」



「――なんであの・・ちっぽけな村を潰さなかったんだ?…俺より強い・・・・・お前なら、村を丸ごと火の海にだって出来た筈だろ?」

ウェルダーはプロミネンスに詰め寄った。


「…インフィニティを連れ戻す必要があったからだ。時間が無かった――同じ作戦に参加していたお前も…理解しているだろう。」

プロミネンスは、ウェルダーを横目で見つつ答えた。


「へぇ…まあ、そういう事にしといてやるよ。

…もっとも、魔王様がどうお考えになるかは知らねえけどな。」

ウェルダーがニヤリと笑いながら呟く。

プロミネンスは王座に目線を移した。


…しかし、そこに魔王の姿は無い。


「……?爺、魔王様はどちらに行かれた?」

プロミネンスが尋ねる。


「…魔王様なら先程、外へ出られました。」

アビスが崩れた壁の先…そして広がる空と雲の大渦を眺めながら答える。


「――どうやら、"もうすぐ終わる"との事でしたから…」



・ ・ ・



 ――ヘイリーは天を見上げていた。

氷河と化した大地に寝転がり、流れる雲を眺めていた。


大気は極低温により凝縮し、吹き付けるような霧雨に変わり、降り注ぐ。


ヘイリーは全身で雨を感じると、身体を起こした。


風は止み、空の渦は散り散りになり、雲間の太陽が顔を出す。


残されたのは巨大な、剣山のような氷河のみだった。


(脚に力が…入らない…立てない…)


(でも…アイツ・・・は…もう――)




その時、轟音と共に大地が振動する。

氷河には巨大な亀裂が入り、次々と破砕し、崩壊していく。

降り落ちる無数の破片は、日光に照らされ七色に輝いている。


氷河の崩壊と共に、舞い上がる白煙…その中で直立する人影が、徐々に明瞭になっていく。


…インフィニティは、傷一つ見せず、先程と変わらない涼しい表情でそこに立っていた。



「嘘……なんでっ…!!!」

ヘイリーは再び右腕を突き出す。


「…フォーカス・インパルス。」

インフィニティも右腕を突き出し、呟いた。


辺りを舞っていた白煙は一瞬にして晴れ、ヘイリーの右腕はグシャリと音を立てて消滅する。


「…がっ…はァっ……!!!」

悶えるヘイリーを真っ直ぐ見つめながら、インフィニティは歩み進む。


やがて、互いの声が聞こえる程度の距離まで近寄ると、インフィニティは立ち止まった。



「――魔王様のご意向に基づき…これより粛清を執り行う。」


インフィニティはあくまでも機械的に…一切の意思を宿さぬ表情で呟いた。



「"虚構の半球ホロウ・ドーム"。」



インフィニティの拳に、再び黒い光球が出現する。


インフィニティがヘイリー目掛けて拳を突き出すと、光球はインフィニティの拳を離れ、浮かんだまま前進し始める。


光球は氷の破片を、枯れ落ちた木の葉を吸い集め、徐々に巨大化していく。


光球の端は地に着き、大地すらも抉り取っていく。

その半径は樹木を超え、直前まで存在していた氷河と同規模まで達しようとしていた。


見る者を吸い込んでしまいそうな程に黒い光――その中には、僅かながら鮮やかな色が宿っていた。



巨大な光球がヘイリーの眼前に迫る。


ヘイリーは叫びもせず、喚きもせず、ただ自分が置かれている状況を漫然と受け入れていた。




「――綺麗。」




ヘイリーは、最期にそう呟いた。



・ ・ ・




「――お父さん、私の事…呼んだ?」


「…えっ?来年も雪遊びに行きたいかって?」


「うーん…別にもう、いいかな…。」


「だって雪って、冷たいし、歩きにくいし…」


「珍しいだけで、そんなに面白いものじゃないし…」



「――やっぱり私…晴れの日が一番好きかな。」




・ ・ ・



…光球がしぼみ、消えていく。


後に残されたのは、半球状の巨大な穴だけだった。

そこにあった木々も、氷河も、何もかも…痕跡すら残ってはいなかった。


インフィニティは無表情のまま、何も無い穴を眺めている。



「…合格だ。」

インフィニティの背後で、魔王の声がした。


夕焼けが、何物にも遮られずに煌めいていた。



・ ・ ・



病院の廊下に寝かされていた患者達は、すっかり姿を消していた。


病室に空きが出来たのだろうか。それとも――


 ――考えたって仕方無い。

僕は廊下を、静かに歩き続けた。


…窓の外の雪は、すっかり止んでいた。

僅かなオレンジ色の光が、暗い空に差し込んでいる。

それは部活が終わり、帰路についた時の光景とそっくりだった。


僕がこの世界に来てから…今日で1週間だ。


元の世界に思いを馳せたからか、僕は感傷的な気分に陥った。


(…昔を思い出すよりも、今は他にすべき事があるな。)


僕は廊下の果てまで並ぶ、病室の札を一つ一つ慎重に確認する。


("183"…ここがリカブさんの病室だ…。)


僕はゆっくりと引き戸を開いた。


「リカブさん、面会に…って…そう言えば寝てるんだったな…。」

僕は独り言のように呟いた。


「――あっ、あの…!ここの患者様のお知り合いですか…!?」


……?

病室の中から、リカブさん以外の声が聞こえた。


顔を上げると、そこには青ざめた表情の看護婦さんが立っていた。


「…はい。確かに僕はリカブ・インさんの知り合いですが…一体どうしたんですか…?」

僕が尋ねると、看護婦さんは焦った様子で僕に歩み寄ってきた。


「…かっ…患者様が…突然居なくなられて…!」

看護婦さんはベッドの方を指差しながらそう言った。


 ――居ない。

看護婦さんの言葉に反応して、ベッドの上を見たが…昏睡していた筈のリカブさんが居ない…!


「そっ…それで…ベッドの上にこんな書き置きが…!」

看護婦さんが、僕の顔の前に紙を突き出してきた。何か文章が書かれている。


僕は内心焦りつつも、その文章に目線を合わせる。



『探さないでください』


第一文は綺麗な文字で、そう綴られていた。



「…リカブさん…!?」




To Be Continued

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