第39幕・麻痺する正義

辺りを見回しながら、路地裏へと足を踏み入れると、マワリは携帯電話を開いた。


「こちら魔王軍対策本部の警部マワリ…。聞こえるか、"バベル警視"。」


マワリは携帯電話を耳に近付け、話す。


『こちらバベル…どうした、マワリ。』

電話口から低い男性の声が響く。


「メガバイト村にて魔王軍に誘拐された例の魔導士…通称"9万職員"は、敏腕の"空間魔導士"である事が判明した。この事から、魔王軍の行動は、"戦力の増強"へシフトしたと見ていいでしょう。」

マワリは、目上の人間と話し慣れていないような、不安定な敬語で話す。


『それで…どうしろと言うのだ…?』



「奴等は人間をモンスターに変える技術を持っている…それは先の調査で明らかになっています。

世界最強の軍事力を持つ"ウェザー帝国"ですら、襲撃による被害が出ている…。魔王軍の更なる強化は、人類滅亡を現実の物へと変えかねません。」


「よって、民間の強力な魔導士や戦士がモンスターに変えられる事は避けるべきです。民間人の避難を行政に呼び掛け――」

その時、電話口から溜め息の音がした。


『だからマワリ……我々に…今更どうしろと言うのだ?』


「"今更"……?何が言いたいのだ、警視…!」

マワリの声色に、怒りが滲み出す。


『…民間人の避難?今の行政に、それを勧告する能力が残されていると思うか?』

「不十分だ…ですが、民間人が魔王軍の餌食になるのは絶対に避けるべき…いざとなれば我々魔王軍対策本部も、行政に助力を――」


『――国王は亡命し、本国の中枢は機能不全。最早魔王軍対策本部の活動を支える者は居ない。我々が死力を尽くして働いても、明日の寝食は保証されないんだぞ?』


提案を遮る電話口の声に、マワリは眉を顰める。


「魔王の脅威から民間人を守る…例え命を以てしても!それが、我々魔王軍対策本部の使命だった筈だ!我々の寝食の保証など――」

『お前は、此度の襲撃でどれ程の殉職者が出たか、知っているか?』


…電話口からの問いかけに、マワリは沈黙する。


『…残された僅かな人員を、いたずらに酷使する訳にはいかん。彼らは"死ぬ気で"働いているのであって、"死にたくて"働いている訳ではないのだから。』


「では…対策本部は何もしない、と?」


マワリは虚ろな目で問い返した。


『…対策本部は、既に機能不全だ。最早我々は、人々の盾に成り得ない木偶に過ぎん。

我々は、魔術学会と"国家連合"の支援を待つ…。』

沈んだ声が、スピーカーから鳴った。


「…それでは…支援が来るまでの間、誰が民間人を守るのですか…!それに、魔術学会は3年前、あらゆる紛争への介入をしないと表明している…!支援に来ない可能性も…!」


『今の我々には…弱りきった民を救う事も…モンスター共を討つ事も出来ない…!今の我々には…もうそれしか道が無いんだ!!!』


電話口から叫び声が響く。

驚いた鴉の群れが、羽音と共に飛び去っていく。


『どうか……分かってくれ……!』

「…………」


…マワリは沈黙した。警視への怒りか、それとも同情からかは明快ではなかった。



「…道が無いなら、俺が作る。」

少し間を置いて、マワリは呟いた。


『マワリ…お前も分かっている筈だ。個人の力は、組織の麻痺を補うのには不十分だと。』

…警視が呟きに反応する。


『焦るな、マワリ。部下が死に急ぐ様は見たくない。』

「…俺一人で対処するだなんて、誰が言ったんです?」

マワリは少し苛立ったような表情で言った。


『…どういう意味だ?』


「――"レイダース"の連中を呼びます。」


『!?馬鹿な…レイダースだと!?』

警視の声色が、一転して焦りを帯びる。


『有り得ん…ウェザーの国家機関が…我々の部署の傘下に下るなど…!それに人員の情報は秘匿されていた筈…引き入れる手段はあるのか…!?』

警視は捲し立てるように続ける。


「…レイダースは解散して久しい。今更ウェザーの息がかかってるとは考えにくい…それに俺なら、メンバーと連絡を取る事も可能です。」

マワリは表情一つ変えずに返答する。


『…信じて良いのか?お前達の力を…これからの未来を…』

「言ったでしょう、道を開くと…。だからアンタ等も…指をくわえて傍観するのはもう終わりにしろ。自身の無力さを呪うな。やれる事をやってくれ。…俺達も、今やれる事を全力で遂行する。」


マワリは澄み切った表情でそう言うと、携帯電話を畳んで通話を切った。



銀色の曇り空を、夕焼けが照らし始めた。


傷痕だらけになってしまったこの街で、日が沈もうとしている。



To Be Continued

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