第21幕・誰が為の勇気

『…ヨシヒコ……』



『…あんた、吉田ヨシヒコ…とか言ったわね。』



…目に映ったのは、見覚えのある床板。

顔を上げると、丸椅子に座る秋葉班長の姿があった。


『…あんたで6人目よ、冷やかしに来た新入部員は。』


班長は頬杖をつきながら言う。下三白眼が僕を睨みつける。



『冷やかしなんかじゃありません…。僕、この班で実験がしたいんです…!』


僕は班長と目を合わせる。…が、気圧され目線が泳ぎ出す。


『ハハッ、やめとけやめとけ!』

『黙って…。』

笑いながらそう言う通谷先輩に、班長は目線を向けつつ言った。


班長は少し間をあけて溜め息をつき、僕に再び目を合わせて続ける。

『…あんたと同じ事を言ってココに来た新入部員が2人居たわ。片や罰ゲーム、片や3年の仕掛けたドッキリだったけどね。』


班長に続いて、通谷先輩も話し始める。

『正直に言えよ。どうせジャン負けで罰ゲー厶喰らったんだろ?班長は兎も角俺は鬼じゃないし、今なら許し…』


『ちがっ…断じて違いますっ!!!冷やかしなんかじゃありません!』

僕は声を張り上げて弁明する。


『えっ、そうなの?』

通谷先輩は目を丸くし――


『……じゃあ、何?』

班長はより一層、険しい表情で僕を睨みつけた。



『僕、後ろ指差されながら実験を続けている先輩を見て…努力している人達が…こんな不憫な目に遭って良い物かって思って――』

僕が班長から完全に目線を逸らし、震える声で呟いた、その時。


『――ふざけてんじゃないわよ!!!』

班長は机をバンと叩き、叫んだ。


『私達は…やりたい事をやりたい様にやっているだけ…それを赤の他人のアンタが…勝手に憐れんでんじゃないわよ…!同情という名目で見下さないでよ!!!』

そのまま班長は、勢い良く立ち上がった。

丸椅子が膝裏に押し出され、後方に倒れる。


『ウザったいのよ…その"誰かの為に"っていう正義感が…!結局アンタは、他人に尽くす自分の姿に酔いしれているだけの偽善者でしょう!?』

班長は激しくまくし立てながら、僕に向けて指先を突きつけた。


横では通谷先輩が、丸眼鏡を外して下を向いた。


『…ヨシヒコつったな、新入生。見ての通り、俺達の班は修羅の道だ。薄暗くって孤立無援、他の部員からの中傷の的…そんな修羅の道に、他人の為に踏み入るつっんなら…

…お前、いつか後悔するぞ。』

通谷先輩は手元で眼鏡を拭きながらそう言うと、再度眼鏡を掛け直して、僕と目を合わせた。


『…他人の為…。』



・ ・ ・



…夢か。


電気の消えた寝室、外から入る光は無い。


どうやら、まだ深夜のようだ。


…途中で目が覚めてしまった上に、もう一度眠れそうな程の眠気も無い。


僕はゆっくりと布団から起き上がる。ベッドの上のリカブさんは…寝ている。


隣の9万職員さんは……あれ、居ない…?



…何の気も無しに、ベランダに目線を向ける。そこに見えたのは、彼女の後ろ姿だった。



「…9万職員さん?」

僕は静かにベランダに出て、9万職員さんに話しかけた。


「…あれ、勇者様も眠れないんですか?」

9万職員さんは、ゆっくりと振り向いて呟いた。


「…少し話しましょう。この時間帯の村の景色、結構綺麗なんですよ。」

彼女の言葉を受けて、ベランダの先の景色に目線を移す。


辺りには控えめな街灯が並び、光が列を形成している。


「真夜中なのに…意外と明るいんですね…!」

「ええ。あそこに酒場が数件あるんです。酔っ払い達が帰り道に困らないよう、照らしてあるんですよ。」


…僕達は、景色を眺めたまま思い思いに話す。


「…9万職員さんは、お酒とか飲むんですか?」

「いいえ。でも、酒場の賑やかな雰囲気が何となく好きで…たまに仕事仲間や所長さんを誘って行ってました。」

「へえ…」


9万職員さんの仕事仲間…何万人居るんだろう…。

そんな疑問はさておき、僕はずっと気になっていた事を彼女に聞く事にした。



「…9万職員さん。僕の"勇者の素質"って、何なんですか…?」


9万職員さんは、顎に手を当てて考え込む様子を見せる。

それからすぐに、彼女は夜景に向けて微笑んだ。



「……私、この景色が好きです。」


「…でも、怖いんです。この景色が…日常が突然壊れてしまうんじゃないかって。」


「王都の件で、同じ思いをしている人が沢山居ると思うんです。」


「……そんな恐怖から人々を救う為に、ヨシヒコさんは戦うと決めてくれました。自分の信じた正義を遂行するだけの勇気…それが、私の思う勇者の素質です。」


…9万職員さんは、一通り語り終えると僕の方を向いた。


「…じゃあ、勇者の素質っていうのは、秘められた力的なやつじゃないんですか…?」

「はい。私は、勇者に本当に必要なのはそういう物じゃないと考えてるんです。どんなに腕っぷしが強い人よりも、無関係の他人にすら尽くせる勇者様の方が…私は格好良いと思いますよ。」

僕が尋ねると、9万職員さんはにこやかに答えた。


「そうやってストレートに褒められると…何だか照れま…ふあぁ……」

…不意に欠伸が出た。さっきまで息を潜めていた眠気が、唐突に蘇ってきた。


「…喋ったら、眠くなってきましたね。」

僕はそう呟いた。


「そろそろ寝ましょうか…明日は早いですからね。リカブさんにモーニングコールするって約束しましたし…。」

「だから、直接起こした方が早いんじゃ…。」

僕と9万職員さんは室内に足を踏み入れた。

ベランダの窓を閉めて、鍵をかける最中、僕はさっき見た夢の続きを思い浮かべた。



・ ・ ・



『…僕…皆さんの為を思って、この班に入る事を希望した訳じゃありません…!』


…僕は意を決して、怯まずはっきりと言った。


班長は呆気に取られたのか、口を開けたままフリーズしている。今にも「はあ?」と言いそうな表情だが、声一つ出していない。

通谷先輩は「おっ。」と何とも言えない反応をする。


『僕は先輩を見て…格好良いなと思ったんです…!周りからの評価や中傷に屈しないで…自分の信じた道に果敢に飛び込んでいく先輩が!僕もそんな風になりたい…これは自分の為の選択なんです…!!!』

…僕は、自分の胸の内を全てぶちまけた。この班への想い、憧れの全てを、余すことなく…。


『ハァ…』

班長は、ため息をついて頭を抱えた。

そして、3秒も経たない内に顔を上げる。


僕は怒号が飛んでくる事を覚悟し、身構えた。しかし――



『……私達の班へようこそ、ヨシヒコ君。』

班長は、優しい声で言った。


『ちょちょちょ班長!?いいんすか!?』

通谷先輩もこの返答は予想してなかったのか、随分と焦った様子で班長に問いかけた。


『"いいんすか"って…何がよ?』

『後輩をこの班に入れるって事は…このクソみたいな境遇の犠牲者を増やすって事っすよ…!それは先輩としてどうなんすか!?』


『…先輩だからよ。先輩だから…後輩には、自ら選んだ道に対して自信を持って欲しいの。

誰かが修羅の道を選んだのなら…止めるのではなく、後押しすべきよ。』

班長は迷いの無い様子で答えた。


『ハァ…班長がそう言うなら……これからよろしくな、ヨシヒコ。』

通谷先輩は、落ち着いた声でそう言った。


『――はいっ!!!』

…僕は威勢よく返事をした。



・ ・ ・



…今思えば、僕が勇者の道を選んだのは自分の為でもあったのかもしれない。


人を助けたいという正義感と、どんな危険を前にしても立ち止まらない勇気。

そういった物への憧れが、僕を突き動かしてきた。


だったら今度は、それを形にする時だ。


僕は決意を抱いて、再び眠りについた。



To Be Continued

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