第7話 廃村
早朝。
空が白み始めた頃、俺たちは廃村へ足を踏み入れた。
最初に来たのは、匂いだった。
湿った、古い土の匂い。
そして――焼けた木の匂い。
「……」
誰も、何も言わない。
ただ、黙々と歩いている。
崩れた屋根。
半分だけ残った壁。
地面に倒れた井戸の枠。
通りを曲がる。
また、同じ光景。
崩れた家。
焼け焦げた柱。
何もいない。
ひどい、ありさまだった。
「……」
俺は、足を止めた。
道の脇に、何かが転がっていた。
人形だったもの。
布で作られた、小さな人形。
腕がもげて、顔の部分が泥に塗れている。
誰かの、子供が持っていたものだろうか。
「……なんだ、これ」
思わず、声が漏れた。
魔族の村なのに。
人形?
人間の、子供が持つような――
「まるで……人が住んでたみたいだ」
俺は呟いた。
「当たり前だろ」
レインが、冷たく言った。
「……え?」
レインは、無表情のまま答えた。
「人が住んでたんだよ」
「でも……魔族の……」
「アレン殿」
エドガーが、穏やかに口を開いた。
「アレン殿は、知らなくても仕方がありません」
エドガーは、周囲を見回しながら続けた。
「アレン殿や私は、南寄りの村の出身ですが……」
「北の方の村は、南下してくる魔族によって壊滅したそうです」
「え……?」
俺は、周囲を見回した。
崩れた家。
焼けた屋根。
子供の人形。
「じゃあ、ここは……?」
「正真正銘、人間の村ですよ」
エドガーが、静かに答えた。
「……」
俺は、言葉を失った。
人間の、村。
魔族に、襲われた。
焼け落ちた家々を前に、胸の奥が重くなる。
ここで暮らしていた人間たちは、どんな顔で、どんな声で――
考えかけて、思考を止めた。
「……あんたも、南の“村”出身なのか?」
不意に、レインが口を開いた。
視線は前を向いたまま。
だが、言葉の矛先は明確に、エドガーに向いていた。
「ええ? そうですよ」
エドガーは少し目を瞬かせてから、穏やかに答える。
「言っていませんでしたっけ。南寄りの小さな村です」
「……そうか」
レインはそれ以上何も言わなかった。
だが、空気がわずかに張ったのを、俺は感じた。
まるで――何かを測るような、探るような沈黙。
俺は、その違和感を振り払うように口を開く。
「でも……おかしいな」
三人の視線が、俺に集まった。
「人間の村なら、もっと魔族がいてもいいはずだろ」
「痕跡はあるのに……気配が、ない」
風が吹き、焼け焦げた木の破片が転がる。
確かに、静かすぎた。
「……確かに、変ですね」
エドガーが、周囲を見渡しながら頷く。
「まるで――」
言葉を続けようとした、その時。
「そんなこと、どうでもいいだろう」
低く、ぶっきらぼうな声。
ヴェラだった。
いつの間にか、彼は少し前を歩いている。
足取りが、さっきよりも速い。
「……ヴェラ?」
俺が名を呼ぶ。
だが、返事はない。
ただ、背中だけが前へ進んでいく。
一歩。
また一歩。
確実に、速くなっている。
「……?」
俺は、ヴェラの背中を見た。
鎧越しでも分かる。
肩の位置が低い。
獲物を見つけた獣みたいな、前のめりの姿勢。
(どうしたんだ……?)
声をかけようとした、その時。
「……待ってください」
エドガーが、言った。
いつもの柔らかさがない声だった。
「この村、魔力の流れが不自然です。中心ではなく――外側に溜まっている」
俺が息を飲む。
「つまり……」
「誘い出すための“空間”かもしれません」
その言葉が終わる前に――
「――はは」
短い、乾いた笑い声がした。
ヴェラの瞳から光が消え、代わりにどろりとした熱が宿る。
「見つけた。やっと見つけたぞ、お前……ッ!」
次の瞬間。
ヴェラが、地面を蹴った。
「っ!?」
速すぎる。
瓦礫を踏み砕き、倒れた柵を跳び越え、
人間離れした勢いで、一気に距離を詰めていく。
「ヴェラ!?」
呼ぶ間もない。
ヴェラは倒れた家屋の壁を踏み、
そのまま屋根へ跳び上がった。
瓦が弾け、木材が軋む。
屋根の上を、まるで獣のように駆ける。
笑っていた。
歯を見せて。
楽しそうに。
(……あんな顔、するのか)
俺は、呆然と立ち尽くした。
戦闘中とも違う。
普段の荒っぽさとも違う。
――“狩り”だ。完全に。
「追えません」
エドガーが、静かに言った。
「……速度が違いすぎます」
分かっていた。
俺たちは、置いていかれた。
ヴェラの背中が、村の外へ消える。
屋根から屋根へ。
笑い声だけが、残った。
***
ヴェラ視点
違う。
ここじゃない。
瓦礫の匂い。
焼けた木。
血の残り香。
――懐かしい。
でも、足りない。
(ここでも、ない)
走る。
跳ぶ。
屋根を蹴る。
胸の奥が、じりじりと焼ける。
この感じ。
間違いない。
(逃げたな)
村の外。
木々が密集する方向。
――ああ、そうだ。
こういうやつだ。
必ず、こうする。
「はは……」
自然と、笑いが漏れた。
森に入る。
枝を払い、地面を蹴る。
魔力が、濃い。
ねっとりとした、嫌な気配。
(ここじゃない。……いや)
一歩。
さらに奥。
――あった。
森が、妙に静かだ。
鳥の声も、虫の音もない。
踏み固められた地面。
不自然に折れた木。
胸の奥で、何かが弾ける。
ここだ。
目の前。
木々の隙間、その奥。
気配が、いる。
「……」
笑いが止まらない。
全部、ここに繋がっている。
「やっぱりここだよな!――
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勇者ライゼルが死んだわけ スケ丸 @dai03489
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