勇者ライゼルが死んだわけ

スケ丸

第1話 勇者の帰還

この世界は、二つに分かれていた。

片方は魔王軍。片方は人間軍。

魔王軍は日に日にこちらへ迫り、人々は絶望に沈んでいた。


――だが、一人の男が現れた。

村の広場に、子供たちの歓声が響く。

「すごーい!」

「ライゼル、かっこいい!」


中央の石段に腰掛けた老人が、古びた革装丁の本を広げている。周囲には十人ほどの子供たちが目を輝かせて座り込んでいた。

「勇者ライゼルは、炎の山を越え、氷の谷を渡り、闇の森を抜けた」

老人の声は穏やかで、だが力強い。

「そして彼は、魔王城の門を叩いた。その剣は光り輝き、その心は決して折れることがなかった」

「それで? それで!?」

子供の一人が身を乗り出す。

「そして彼は――」


老人の指が、ページの端に触れる。

パタン、と本が閉じられた。

「これでおしまい」

「えー!」

「続きは!?」

「ライゼルは魔王を倒したの!?」

子供たちが一斉に抗議の声を上げる。老人は苦笑して、皺だらけの手で本を撫でた。

「続きは、また今度じゃ」

「ずるーい!」

一人の少女が頬を膨らませた。

「ねえ、ライゼルはどこにいるの? 会ってみたいな」


その問いに、老人の表情が一瞬だけ翳った。

「ライゼルか……」

老人は遠くを見るような目をして、ゆっくりと答えた。

「やつは13年前に魔王を倒しに旅立って、まだ戻らんのう」

「じゃあもう倒したんじゃない?」

別の子供が無邪気に言う。

老人は、わずかに目を伏せた。

「……そうだといいがのう」


その時。

「ガハハハ! いい話だなぁ、爺さん!」

大きな笑い声が響いた。

子供たちが一斉に振り返る。広場の隅、木陰に一人の男が座っていた。酒瓶を片手に、ニヤニヤと笑っている。


やつれた顔。伸びた無精髭。汚れたマント。そして――その目には、光がない。

「お前さん……誰じゃ?」

老人が眉をひそめる。

男は答えず、酒瓶を傾けて残りを飲み干した。そして立ち上がり、ふらふらとした足取りで歩き出す。


老人の目が、大きく見開かれた。

「……ライゼル?」

その声は震えていた。

「お前……ライゼルなのか!?」


男は振り返らず、手を軽く振った。

「久しぶりだな、爺さん」


子供たちがざわめく。

「え? あの人が?」

「勇者様なの?」

「嘘でしょ……?」

広場がどよめく。そして誰かが叫んだ。

「勇者ライゼルが帰還したぞおおお!!」


村の入口から、その声が響き渡る。

広場が、一瞬で色めき立つ。

「本当か!?」

「13年ぶりに!?」

人々が一斉に走り出す。老人も慌てて立ち上がった。子供たちは目を輝かせて駆けていく。


広場はあっという間に人で埋め尽くされた。


***

酒屋の裏口から、俺は重い酒樽を転がしていた。

俺の名前はアレン。18歳。この村で生まれ育った、ただの酒屋のバイトだ。


だが、俺には一つだけ、他の奴らと違うことがある。


俺は、ライゼル様を崇拝していた。


13年前。俺が5歳の時、18歳のライゼルは勇者に選ばれた。

村中が沸いた。誰もが彼を英雄と呼んだ。

幼い俺は、その姿を遠くから見ていた。凛とした立ち姿。希望に満ちた瞳。


その日から、俺は変わった。


ライゼル様の剣の型を、何度も真似した。

彼の言葉を、一言一句暗記した。

彼の体の傷の位置まで、全て覚えた。


村の連中は「アレンはライゼルに取り憑かれてる」と笑った。

だが、俺は気にしなかった。


ライゼル様は、完璧な勇者だった。

強く、優しく、誰よりも希望に満ちていた。


だから俺は――

いつか、ライゼル様と同じになりたいと思っていた。


「アレン! 聞いたか!? 勇者様が帰ってきたんだってよ!」

店の親父が興奮した様子で飛び出してきた。

「……ええ、聞こえました」

俺は酒樽を置いて、広場の方を見やった。遠くから歓声が聞こえる。

「行ってこい! 俺が店番しとく!」

「いえ、大丈夫です」

「遠慮すんな! お前、子供の頃からライゼル様に憧れてたろ?」

親父の言葉に、俺は少しだけ表情を緩めた。

「……はい。誰よりも、ライゼル様のことを理解していると思ってます」

「そうか! なら行ってこい!」


俺は店を出て、広場へ向かった。


胸が高鳴っていた。

13年ぶりに、ライゼル様を見れる。

どんな話を聞けるんだろう。

どんな戦いをしてきたんだろう。


期待で、胸がいっぱいだった。


---


広場は人で溢れかえっていた。

中央に、一人の男が立っている。

「よう、みんな! 久しぶりだなぁ!」

大きな声。豪快な笑い。村人たちと肩を組み、冗談を飛ばす。

それは、確かにライゼルだった。


だが。

俺は人混みの後ろから、その姿を見つめた。


何か、おかしい。


ライゼルの顔には笑顔が貼り付いている。だが、その目は笑っていない。

髭は伸び放題で、服は汚れている。そして――酒の匂いが、ここまで届く。


これは、ライゼル様じゃない。


俺が知っているライゼル様は、こんな姿じゃなかった。

あの凛とした立ち姿は? あの希望に満ちた瞳は?

胸が苦しくなった。


「ライゼル殿!」

村人の一人が叫んだ。

「旅はどうだった!?」

「最高だったぜ! 色んな街を見たよ」

ライゼルは笑顔で答える。

「この村の外には何があるんだ!?」

「んー、まあ色々あるさ」


曖昧な答え。

村人たちは気づかない。

だが俺には分かった。


「魔王城はどんな場所だった!?」

誰かが叫んだ。

一瞬、ライゼルの笑顔が固まった。

「あー……暗かったな」

そう言って、目を逸らす。

あの人は、いつも堂々としていたのに。


俺の中で、何かが軋んだ。


「静粛に!」

村長が進み出た。白い髭を蓄えた、威厳のある老人だ。

「ライゼル殿。我々を代表して、心から感謝を申し上げる」

村長は深々と頭を下げた。

「13年の歳月。どれほどの苦難があったことか。だが貴方は成し遂げた」


広場中が静まり返る。

村長は顔を上げ、声を張った。

「魔王を倒すとは、大したものだ!!」

「おおおお!」

「勇者万歳!」

「英雄万歳!」

歓声が爆発する。酒が振る舞われ、広場は祝賀ムードに包まれた。


ライゼルは笑顔のまま、誰かから渡された酒を受け取った。

一息に飲み干す。

そして。

ぽつり、と呟いた。


「……魔王?」

 

その声は小さかったが、妙に響いた。

周囲の喧騒が、波が引くように静まる。

村人たちが顔を見合わせる。

村長が怪訝な顔をした。


「……ライゼル殿?」

 

ライゼルは、笑っている。

陽気な笑顔。だが、その目は――死んでいる。


「倒してないけど」


広場が、完全に静まり返った。

風の音だけが、響く。

村人たちは呆然としている。

村長は口を開けたまま、固まっている。


俺は、息を呑んだ。


ライゼルだけが、笑い続けていた。


_________________________________


読んでいただきありがとうございます!

この作品は5話まで読んでいただけると作品の本質が分かると思っています!

ぜひ読んでください!

レビューとフォローをしてくれると飛び跳ねます。

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