第2話  空島アルマで生きる少年 2



 ユーロは少女の問いに言葉を失っていた。


 天族――それも王族。

 地族が最も恐れ、最も憎み、最も近づいてはいけないとされる存在が、今、自分の目の前にいる。


(どうして……王族が、こんな島に?

 ここは地族の収容地なんだぞ……?)


 疑問が波のように押し寄せるが、少女の真剣な眼差しに、ユーロは思わず背筋を伸ばした。


「え……ああ、そうだ。俺はこの島で育った。あなたは……」


 少女はゆっくりと頭を下げた。その仕草は気品があるが、どこか切迫した気配を帯びている。


「私はエルー。天族の……王家の者です。突然の訪問、驚かせてしまってごめんなさい」


「王家……!?」


 ユーロは声を裏返した。

 島の者たちが怯える理由ももっともだ。王族自らが地族の隔離地に来るなど、ありえるはずがない。


 しかし、エルーの姿勢には威圧感はない。

 むしろ、助けを求める者のようだった。


「お願いがあるのです。あなたに……いえ、この島の人々に、力を貸してほしい」


「……力?」


 エルーは深く息を吸った。


「三種の神器――ご存知でしょうか」


 その言葉に、ユーロの胸が一度大きく脈打った。

 この島でも、昔話として伝わる名前だ。


「神器って……あの戦争の時に地族が使ったっていう……?」


「ええ。地族が天族に対抗するために作った“禁忌の遺物”だと伝えられています。でも実際には、誰もその正体を知らない。ただ――」


 エルーはわずかに視線を落とした。


「それらには“戦乱を止める力”があると、古い記録に書かれているのです」


 ユーロは息を呑んだ。


(戦乱……止める……?

 まさか、また戦争が起きるって――)


 エルーは続けた。


「私の……父が殺されました。王が倒れ、王都は混乱し、天族同士が争い始めています。このままでは再び空も地も、血で満たされてしまう……」


 その顔には、深い悲しみと苦悩が刻まれていた。

 王族という立場の重さを越えた“ひとりの娘”としての痛みが見えた。


「私は神器を探すために、この島へ来ました。

 ここに、ひとつ目の神器――勾玉が隠されている可能性が高いのです」


「勾玉が……?」


 ユーロは思わず後ずさった。

 そんな重大なものが、この小さな島に?


 しかし、すぐにエルーの瞳が揺れた。


「でも……私はこの島について何も知りません。あなたたち地族の歴史や、島の地形、古い洞窟の話……それらは私たち天族には伝わっていないのです」


「だから、俺に聞きたいってことか?」


「はい。あなたは……この島で一番、外へ関心を持っている目をしていました」


「え?」


「空を見上げる目を。

 閉ざされた島で生きる人間のものとは思えませんでした」


 ユーロは言葉を詰まらせた。

 そんなふうに見られたのは初めてだった。


(俺は……本当に外の世界に憧れてた。でも、それを言葉にしたことなんて……)


 その沈黙を破ったのは、遠くから聞こえた村人の叫び声だった。


「ユーロッ! ユーロ、そこから離れろ!」


 両側の家から村人たちが顔を出し、怯えたようにユーロに手を振っている。


「天族に関わるな! 殺されるぞ!」

「逃げろ、ユーロ! あの子がどれだけ優しそうでも信じるな!」

「これは罠だ、王族が地族に優しくするはずが――!」


「待って!私はそんなつもりじゃ……!」


 エルーが叫ぶが、村人たちは怯え切って耳を貸す様子がない。


 ユーロは大きく息を吸い、エルーの前に立った。


「みんな、落ち着けよ!この子は……その、話があるだけで――」


「ユーロ、やめろ!天族を庇う気か!?」


「連れ去られたいのか!?400年前と同じように――!」


 鋭い言葉が次々と飛んでくる。

 エルーは恐ろしいほど静かに、ユーロの背に隠れた。


 彼女もまた、天族の罪と歴史を知っている。

 だから、この反応は当然なのだ。


 それでも――


「大丈夫だよ。俺がいる」


 ユーロはそう言い、エルーに微笑みかけた。


 その瞬間、エルーの胸の奥で何かがほどけたように揺れた。


「……ユーロさん」


「エルー。ちょっと来てほしい人がいる。

 俺たちの中で一番、天族のことを知ってる人だ」


「天族の……?」


「ああ。アル先生だ。医者をしてて、この島の誰よりも物知りなんだ。

 あの人なら、神器のこともなにか知ってるかもしれない」


 エルーは深く頷いた。


「お願いします。案内してくれますか?」


「もちろん」


 二人は並んで歩き出した。

 村人たちは不安げに見つめていたが、手を出す者はいない。


 やがて、村の外れ――

 深い森のそばにぽつんと建つ小さな家に辿り着いた。


「ここが、アル先生の家だよ。

 どんな天族より……俺たちはこの人を信頼してる」


 ユーロの声は穏やかだが、その裏にほんの少しの不安が滲んだ。


(エルーを連れてきて……本当に大丈夫だよな?

 アル先生なら――きっと……)


 だが、この時のユーロはまだ知らなかった。

 この一歩が、自分の運命を大きく変えることになることを。


 そして、空に揺れる風は――

 その未来を、静かに予告しているかのようだった。

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