リーインカーネーション ~ 君が思い出したとき~

神谷モロ

リーインカーネーション ~ 君が思い出したとき~

『君が僕を思い出すころ──

 きっと僕は、君の前にはいないだろう。

 それでも君は、僕を愛してくれるだろうか。

 あの時の僕のように……』


 草原に咲く野の花が、風に揺れている。


 この景色を目にするのは初めてのはずなのに、なぜだろう――何度も見たような気がした。

 懐かしい記憶が、そっと触れるように胸に浮かぶ。


「わあ、きれいなお花!」


 少女はしゃがみ込み、花へ指を伸ばした。


「ミディア、摘んじゃだめだ。せっかく咲いたんだ。花がかわいそうだよ」


「もう、アベルったら。変なこと言うんだから。花冠、作ってあげようと思ったのに!」


 ふくれっ面の少女に、アベルはふと面影を重ねる。

 20年以上昔──幼い自分の前にいた女性。

 少女と同じ名前を持つ人。


 懐かしさに胸が疼き、アベルの視線は少女の手元へ落ちた。


『アベル。せっかく綺麗に咲いた花を摘んじゃだめよ。

 これはベディアル──世界で一番美しい花。

 花言葉は……愛と嫉妬。かわいそうな花なの。

 どうしても欲しいなら、代わりにこれをあげるわ。

 その花は……そっとしてあげて』


 意味はわからなかった。

 けれど、あの悲しそうな微笑みだけは、今でも鮮明だ。

 彼女はもう、この世にいない。


 アベルは胸元から、花を象った古びたペンダントを取り出す。


「あら、それお花のペンダント? 子どもみたいな趣味ね。

 ──あ、また思い出してる。

 それ、アンタを置いてった女のやつでしょ?

 そんなのが、私より大事なの?」


「はは、ごめんよミディア。今は君が一番大事だ」


「……『今は』が余計。……でも、一番なら許すわ。今日だけね!」


「光栄だよ。さ、日が暮れる。宿を探そう」


 旅はいつから続いているのだろう。

 物心がつく前から──そしてミディアに出会う前から続く旅路。


 静かな村だった。

 けれど今日は祭りの日らしい。

 本来なら秋に行われるはずの祭りが、春に。


「アベル、ここは昔、大きな戦争があってね。

 若い人がみんな戦に行っちゃったの。

 でもね──奇跡が起きたの。

 一人も死なずに帰ってきたの。その日が、ちょうどこの季節だったんだって。

 村人は泣きながら踊って夜を明かした。

 それで、『皆帰り祭』になったの」


「へぇ……ミディアはよく知ってるね」


「えへん。でも不思議。誰に聞いたんだっけ……でも覚えてるの」


 祭りを楽しんだあと宿へ戻ると、外からはまだ笑い声が響いていた。


「眠れないわ。……ねぇ、何か話して?」


「いいよ。じゃあ、とっておきの昔話を」




【神々が地上に住んでいた時代。

 世界は楽園で、すべてが美しかった。

 とりわけ、女神ベディアルは美の象徴だった。

 しかし神といえど老いは訪れる。

 美の頂点に君臨した彼女は、やがて人間の美しさに嫉妬するようになった。


 ある日、一組の若い夫妻が、花を模したペンダントを献上した。

 互いを慈しみ、微笑み合う姿──それは完全な美だった。


 その瞬間、ベディアルは神としての最後の境界を越えた。

 夫妻に呪いを与えたのだ。

 ──永劫、互いを愛しながら、結ばれない呪い。


 やがて彼女は楽園から追放され、大地に散った。

 哀れに思った主神は、一年に一度だけ花として甦ることを許した。


 そして夫妻には救いを。

 生まれ変わり続け、いつか呪いを越えたとき──

 再び巡り合えるように、と……】




「ふーん。勝手な神様。全部自分のやらかしじゃない」


「ははは。物語ってそんなものだよ」


「……でも初めて聞いた。誰に教わったの?」


 アベルは答えない。

 語るほどに胸が痛む。


「……今日は話したかった。それだけだよ」


 いつのまにか、外は静かになっていた。


「眠ろう、ミディア」


 翌朝。

 祭りの片付けの音が外から聞こえる。


「ミディア。これ──昨日渡しそびれた」


 アベルはしゃがみ込み、ペンダントを静かに彼女の首へ掛けた。


「あら……思ったより綺麗。ありがとう、アベル」


「うん。大事にして」


(君が大人になり、記憶を取り戻すころ──

 僕は、ここにはいないだろう。

 けれど君はきっと僕を探す。

 かつてミディアが、僕を見つけてくれたように。

 呪いが解ける、その日まで──)


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