偽りの暴君、王座より革命を命ず ~親友に討たれる覚悟で、腐敗した国を救う~

朔月 滉

プロローグ

 

 玉座の間へと続く重い扉が開き、石床を踏む靴音が広間に響いていく。その音が高い天井に音が反響し、ステンドグラスから差し込む夕陽が血のように赤く床を染めていた。


 リアムは抜いたままの剣を握りしめ、一歩ずつ前へと足を進めた。

 扉のすぐ外では革命軍の仲間たちが控えているが、今この瞬間、玉座の間にいるのは自分だけだ。

 汗が全身を濡らし、頬を伝って顎から滴り落ちる雫の冷たさが、妙に鮮明に感じられた。


 視界の先には、あの玉座がある。

 そこに座っているのは、金髪に空色の瞳を持つ男——かつて最も信頼していた親友、アレクシオス・フォン・エルドランド。

 豪華な王の礼服は塵ひとつ付いていないほど整っているのに、その顔には深い隈が刻まれ、頬はこけ、かつての面影はほとんど残っていなかった。


「アレクシオス」

 自分の声が震えていることに気づき、リアムは唇を噛んだ。それでも言葉は止められなかった。

「……お前を、討つ!」


 アレクシオスがゆっくりと顔を上げ、その空色の瞳がリアムを捉える。そこにあるのは驚きでも恐怖でもなく、ただ静かな覚悟だけだった。


「……やあ、リアム。よく来たな」


 あまりにも穏やかな声に、リアムの胸に熱いものが込み上げた。

(どうして、お前はそんな顔ができるんだ……)

(どうして、まだそんなふうに俺の名を呼べるんだ!)


 言葉にならない叫びが喉の奥で渦巻く中、リアムは剣を構えた。刃先をアレクシオスの心臓へと向け、一歩踏み出す。

 アレクシオスは動かず、ただ静かにこちらを見つめ返している。

 リアムは剣を振り下ろした。刃が空気を切る音が響き、剣はアレクシオスの首のわずか数センチをかすめて振り下ろされ、玉座の肘掛けに深々と突き刺さった。


 リアムは柄を握りしめたまま、全身の震えを抑えようとした。喉から、抑えきれない叫びが飛び出す。

「なぜだ!」

 叫びとともに、リアムは涙が頬を伝っているのを感じた。

「なぜ、こんなことになった!」


 親友は何も言わず、ただ静かにリアムの目を見つめ返していた。

 その瞳に映るのは、諦めか、それとも——



 ◇ ◇ ◇


 ——三年前、夏——


 王宮の寝室で、アレクシオスは父王アルフォンスの傍らに跪いていた。

 薄暗い部屋には蝋燭の灯りだけが揺れ、死の床に伏す父の姿を照らしている。白髪が枕に広がり、顔は蝋のように白く、呼吸は浅く途切れ途切れだった。


 十七歳になったばかりだった。父から帝王学を学び、いつかはこの国を背負うのだと覚悟してきたが、その日がこんなに早く来るとは思ってもいなかった。


「アレクシオス……」

 震える声が聞こえ、アレクシオスは父の手を握った。その手は恐ろしく冷たかった。

「……はい、父上」

「許せ……お前に、地獄を託す」


 父の目は苦しそうで、アレクシオスの胸に不安が広がっていく。

 父は震える手で枕元の黒い革装丁の分厚い書物を掴み、それを差し出した。


「これを……」

 受け取った書物は、ずっしりとした重さがあった。父が口にした『地獄』という言葉が、そのまま形を成して手の中に居座ったかのような、冷たく、だが逃げ場のない重みだった。


黒の書リーベル・ニゲル。……この国は、既に死んでいる」

「……え?」

「開けろ」

 それは命令だった。アレクシオスは震える手で黒の書を開き、羊皮紙に記された父の筆跡を読んだ。


『我が息子、アレクシオスへ。

 このエルドランド王国は、既に死んでいる。

 四公爵の腐敗は根深く、私が即位してから二十年近く戦ったが、勝てなかった。法も、軍も、経済も、全てが彼らに握られている。

 お前が真に国を愛するならば——この腐った王国を、一度完全に殺せ。お前自身が『最悪の暴君』として歴史に名を刻め。民の怒りを、貴族への不信を、全てを最高潮まで煮えたぎらせろ。そうすれば、誰かが——お前を討つ誰かが、新しい国を作れるだろう。お前はその礎となれ。王家最後の、最も醜い礎に。

 ——だが、覚悟せよ。この計画は、完璧ではない』


 文字が視界に滲み、手が震えて止まらなかった。

「父上……これは……」

「すまない……すまない、我が息子よ……」

 父の目から涙が零れるのが見えた。アレクシオスは父の手を強く握ったが、その手はもう力を失いつつあった。


「お前なら……できる……この国を……頼む……」

 父の声はどんどん小さくなっていき、手はゆっくりと力を失い、やがて呼吸が止まった。

 蝋燭の炎が小さく揺れる中、部屋に静寂が訪れる。

 アレクシオスは黒の書を抱きしめたまま、体が震えて止まらなかった。涙が頬を伝って落ちていく。


「……父上」

 その声は、もう誰にも届くことはなかった。

 アレクシオスの運命が、決まった瞬間だった。



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