第二章:十二か条の革命者

アリョーシャは閃光を浴びたかのように感じた。

「僕はもしかしたら信仰の境地を知ってしまったのだろうか」

その「信仰の極地」と「修道院内の形骸化した儀式的信仰」に疑問を感じ、アリョーシャの中に秘められていた激情的な性格が露わとなってマルティン・ルターを見習い修道院の聖堂に「十二か条の提言」を貼り付けた。

アリョーシャは「ルターの提言は95ヶ条あったが、僕は12ヶ条で十分。シンプルこそ美的信仰だから」と想いを馳せて。


「十二か条の提言」

・信仰とは祈りが中心であるべきである

・信仰とは自らが求めるものであって、他者から与えられるものではない。よって布教活動は間違いである

・無駄な儀礼的な行為は祈りを妨げるのものである

・教会の維持・運営にかかる資金について、献金を暗に強要するのは間違いである

・司祭が儀礼的・かつ派手な衣装を纏うなら、それにかかる費用は貧しいものに与えるべきである

・修道者が行う各種行為は、自らがすすんで行うことであり、上から命令されるべきではない

・礼拝堂は質素であるべきである。それによって祈りは主にとどく

・煙で罪は許されるのか

・全ての信仰者は平等である。信仰において上下関係があってはならない

・貧しいもの、迫害されたものを救済するのが正しい教会のあり方ではないか

・詩篇の交読は本当に必要なのか、祈りは声に出さずともそれがまことであれば主に届く

・司祭という”人による説教”は本当に必要なのか


修道士はみっつの集団に分かれたかのように見えた。

「読まなかったことにしている集団」

「同調して奮起する集団」

「同調するが表に出せない集団」

修道院内は混乱に陥っていた。

「君たちが分裂しているのは、私の目に見えている。このままでは区司祭に報告して、判断を仰がなくてはならなくなる」

と、司祭は言った。

「私が悪いのです、しかし、私は悪いことをしたとは思っておりません」

アリョーシャの表情は鍛え上げられた鋼のように輝いていた。

「アリョーシャ、君がこれを貼ったのだね?」

「はい、司祭様。その通りです。僕は僕の信念を曲げるわけにはいかないのです」

「それが間違いだとしてもかい?」

「間違いだとおっしゃるのですか?どこか・・・理に叶わない部分があるでしょうか」

「ここには伝統といいうものがあるのだ」

”伝統・・・それがなんだというのだろうか、伝統とか常識とか、そんなことに囚われてしまっては自己がなくなるではないか。いや、僕は自己を捨てるために修道院に戻ってきたのではなかったか?”

アリョーシャの心は揺れていた。

「アリョーシャ!僕たちは君についていく!」

「だめです。あなたたちと僕は違う人間です。少なくとも僕の道連れにはできません」

「アリョーシャ、君という人は・・・」

アリョーシャは反逆者と見なされ修道院から追放された。

しかし、修道院から離れていった修道士も少なくなかったのも事実である。


「皆さん、本当の信仰を知りたくはないですか?」

通りかかった者が言った。

「お前に何がわかるんだ?信仰の道は司祭に任せておけばいい、お前は司祭なのか?」

住む家もお金もないが「信念」だけは強く持ち合わせているアリョーシャは、昼間「路傍伝道」に勤しみつつ「自らの教会兼避難場所」を建設するために夜を通して肉体労働に励んでいた。

誰も耳を傾けないばかりか、立ち止まりもしない。

立ち止まったと思えば石が飛んでくる始末である。

子供が寄ってきた。

「お兄さん、お腹空いてない?このパンあげるよ」

涙が溢れた。

アリョーシャが涙を流したのは、この時が初めてだったかもしれない。

”もしかしたら僕は”伝える”つもりが”押し付け”になっていたのではないだろうか。それをこの少女が諌めてくれたのか”


そのあとはアリョーシャの話の内容が変化した。

今まで使っていた簡易的な演説壇も撤去した。

「皆さんは主がどんなお方かわからずに、主に祈っておられます。僕も主がどんなお方なのかは分かりませんが、僕が今までの信仰生活の中で経験したことをお話ししましょう」

それは、ロシア正教の教えに反するとも言える内容になっていた。

今度は群衆が集まってきた。

質問が次々とアリョーシャに投げつけられる。

アリョーシャは次々とその質問に答えていく。

「この若者は、ソロモンの生まれ変わりなのではないか?そうでなければ、これほど次々と質問に答えられるわけがない」

そんなことさえ言う者まで出てきた。

危機感を感じたのは「ロシア政府」と「ロシア正教」であった。

「おい、そこの連中!勝手に集まっていないで家に帰れ!」

「なんだと?俺たちはこの人の話を聞いているだけだ!お前たちはこの人以上の答えを返せるのか?」

「そんな偉そうな口を聞いていると、お前らも一緒にしょっぴくぞ?」

群衆は散り散りにされてしまった。

そこに残ったアリョーシャに向けて、今度は偉そうな顔をしている者たちから質問が繰り返された。

幾度も幾度も、そしてその中には同じ質問も繰り返された。

同じ質問は無理難題だった。

それを押し付け続けて、その答えの内容から「反逆者」とみなされ、アリョーシャは「逮捕・投獄」されてしまったのである。

正式な裁判すらなく。

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