【短編】110番通報記録(抄録)

文月余

受電

【案件番号】第14-104

【受理日時】平成14年2月27日 23時41分

【担当】通信指令員 高橋 ██


───────────────────

【通報内容】

・通報者は移動中の女性と推定(20〜30代)

・「誰かに付きまとわれている」との申告

・通話中に断続的な雑音(ノイズ)を確認

───────────────────


【通話記録(抜粋・時刻は受話器側タイムコード)】

23:41:40

指令員「110番です。事件ですか、事故ですか。」

通報者「…あ、あの…警官を…は、派遣してください。…だ、誰かに……付きまとわれている気がするんです…」


23:41:53

指令員「落ち着いてください。今はお一人ですか。お名前も教えてください。」

通報者「██といいます…。今はひとりで…。周りには、誰も…いません。」


23:42:02

指令員「██さん、現在どういう状況ですか。」

通報者「家に帰るために歩いています…。」


23:42:14

指令員「今どちらに。」

通報者「██市██駅から██町へ向かって……さっき██寺の前を通り過ぎて……今は北へ…」

(※照会:当該地点付近に住宅・街灯なし。夜間に歩行者が極めて少ない区域であることを確認。)


23:43:01

指令員「誰に付けられているのか分かりますか。」

通報者「分からない……黒い影が……足音も……」

(危険性高と判断し、派遣指示。)


23:43:52

指令員「警察官を向かわせます。近くに人家などは。」

通報者「何も……ありません。畑と山道で……家までは20分以上……それに靴擦れが酷くて……ザザ……ザザザ……」


(この時点より通話品質が急激に低下。以降3分半、発声あるが判読不能)


23:47:28

通報者「……もしもし……聞こえますか?」

指令員「はい、聞こえています。無事ですか。何がありましたか。」


23:47:41

通報者「いえ……後ろ……さっき…はっきり聞こえて……あの、いつ来てもらえるんですか……?」

(※声に抑揚なく、前半と声質が異なる。)


23:47:55

指令員「パトカーはすでに向かっています。本当にお一人で██付近にいらっしゃる、で間違いないですね。」

通報者「はい……家は峠の近くで……でも……後……振…返ると…て……見……早く……来て……」


23:48:20

指令員「電話は切らず、そのまま——」

通報者「あ……」


ガンッ

(何かが地面に落ちたような衝撃音。続いて砂利道を走る足音)


(足音が急速に遠ざかる)


指令員「もしもし?聞こえますか?もしもし!」


バンッ

(低い衝撃音。しばらく無音)


???「……ッ——!!」

(言語特定不能の叫び。複数のノイズが重なり判別不可)


—無音 約5秒—


(電話へ近づく足音を確認)


23:50:21

通報者「ありがとうございました。」

23:50:30 通話切断


───────────────────


【現場対応記録】

23:44:00

所轄署より巡査長██・巡査██が現場推定地点へ急行。

23:48:30

「人影あり、接触を試みる」との無線直後、両名との通信途絶。指令員が本部へ応援要請。

23:58

本部から追加部隊到着。巡査長██・巡査██の遺体及び車両を発見。

遺体の状況については記録省略(鑑識資料第14-██参照)。


翌日7:30

現場捜査の結果、南東100メートル地点に大量の血溜まりを確認。付近の林中に女性の遺体を発見。

遺体の状況については記録省略(鑑識資料第14-██参照)。


───────────────────

【備考】

・通報者が述べた “峠付近の自宅” に該当する住宅なし。

・通話前半と後半で声紋照合の一致率が著しく低い(同一人物か不明)。

・巡査長██・巡査██の車両タイヤに血液反応あり。照合の結果、林中で発見した女性のものと一致。

・被害女性の右足踵に靴擦れあり。

・通報者の携帯番号は契約情報未登録。

 通報者の所在不明。

 林中で見つかった女性との関連不明。

───────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】110番通報記録(抄録) 文月余 @fumitsuki-amari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ