第4話 楽園の記憶
シアトルで二週間を過ごし、次はハワイだ。
バイクで太平洋を渡る。約三分のフライト。
窓の外に、青い海原が延々と続く。地球の七割は海、生命の源だ。
「海って、きれいだね」
ピッパが言った。
「でも、見えないところでは……」
母さんが言葉を濁した。
画面に映っていた映像を思い出す。プラスチックのゴミで埋め尽くされた海域。胃の中にビニール袋を詰まらせたウミガメ。釣り糸に絡まった海鳥。
そして、緑の島々が見えてきた。
ハワイに降り立った瞬間、僕は驚いた。
「モッパ星の匂いがする!」
南国特有のトロピカルな香り。温かく湿った空気。優しい風。
体中の葉緑体が、喜びの信号を送ってくる。
「ここ、本当にモッパ星に似てるね」
ピッパも嬉しそうだ。
「気候が似ているんだろうね」
父さんが説明した。
「海に囲まれた島、安定した気温、豊かな植生。地球の中でも、特に僕たちに合う場所だ」
ワイキキビーチを歩いていると、フラダンスのショーに出会った。
女性たちが優雅に腰を振り、手を動かす。波を表現し、風を表現し、花を表現する。
「踊りで物語を伝えてるんだ」
近くにいたおじいさんが教えてくれた。
「言葉がなくても、踊りで伝わる。これがハワイの文化さ」
僕は見入っていた。
言葉じゃない。テレパシーでもない。身体で伝える コミュニケーション。
「美しいね」
母さんが呟いた。
「そうね。地球人は、たくさんの表現方法を持っているわ」
ハワイ諸島での一週間は、まるで故郷にいるようだった。
ウクレレの音色、アロハシャツの鮮やかな色彩、優しい人々の笑顔。
でも、楽園にも影はあった。
ホテルの開発で失われる自然。観光客が残すゴミ。高騰する物価で苦しむ地元の人々。
「楽園も、完璧じゃないんだね」
ピッパが呟いた。
「完璧な場所なんて、どこにもないよ」
父さんが答えた。
「大切なのは、問題があることを認めて、少しずつ良くしていこうとすることだ」
次の目的地は南半球、ニュージーランドだ。
ハワイからバイクで五分ほど。
そこは手つかずの大自然が広がる、宇宙人に最も愛されている土地だ。よくUFOの写真が撮られるのはそのためだ。
クイーンズタウンの湖畔に、モッパ星人の保養所がある。ゴルフ場の管理人さんが、保養所の管理も兼務してくれている。
降り立つと、澄んだ空気が肺を満たした。
「わあ……」
言葉を失うほどの美しさだった。
青い湖、雪をかぶった山々、どこまでも続く緑の牧草地。そして、羊。たくさんの羊。
「羊の数が人間の数より多いんだって」
ピッパが嬉しそうに言った。
「それに、蛇がいないんだよ!」
僕たちモッパ星人は、蛇が苦手だ。あの滑らかな動き、冷たい目、毒を持つ種もいる。植物系進化の僕たちの本能が、蛇を恐れるようプログラムされているのだ。
「ここは本当に楽園だね」
母さんが微笑んだ。
十日間、僕たちは何もせずに過ごした。
湖を眺め、太陽の光を浴び、風の音を聞く。
時間がゆっくり流れる。
地球人はいつも急いでいる。でも、ここでは違った。人々もゆったりしていた。
「時々、立ち止まることも大切なのよ」
母さんが言った。
「走り続けるだけじゃ、大切なものを見失ってしまうから」
出発の日、管理人のジョンさんが見送ってくれた。
「また来てくれよ」
彼は笑った。
「君たち宇宙人は、いいお客さんだ。ゴミも残さないし、騒がないし」
「ありがとうございます」
僕は日本語で答えようとして、英語に切り替えた。
「次は日本ですね」
母さんが言った。
「野口さんに会えるの、楽しみだな」
僕は期待に胸を膨らませた。
バイクは再び太平洋を渡る。約七分のフライト。
眼下に青い海、そして緑の島々が見えてきた。
日本——東洋の島国。
僕たちは静岡という温暖な土地に降り立った。
次の更新予定
普通の宇宙人シリーズ 2005年編 @tomoegawa198906
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